2002年2月1日の新日本プロレス札幌大会。この頃はちょうど総合格闘技ブームの真っただ中。エースクラスだった武藤敬司をはじめ、小島聡やケンドー・カ・シンが全日本プロレスに移籍するなど、団体としての危機を迎えていました。 そんな状況の中、この日の試合に勝利した蝶野正洋は自身の試合後にアントニオ猪木をリング上に呼び出します。リングに立つ猪木と猪木を囲むようにリング上に集結した当時の新日本プロレスの選手たちとのやりとりのことを「猪木問答」と呼んでいます。 この夜に猪木は蝶野を新日本プロレスの現場責任者に指名し、それ以降のノアとの交流戦(名勝負と言われた小橋とのGHCヘビー級選手権試合)や三沢光晴とのドリームマッチをマッチメイクするなど敏腕をふるっていく、という意味でもこのリング上での出来事は新日本プロレスにとってはエポックメイキングな出来事なのですが、猪木と選手たちとの受け答えがあまりにも面白い
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