生涯で残した成績を振り返ると、突出して速いライダーではなかった。 だが、彼のレースを思い出すとき、その印象は鮮烈としか言いようがない。 '90年代半ば、ノリックは紛れもなくレース界のスーパースターだった。 ファンに驚きと感動をもたらした'94年と'96年の鈴鹿のレースを 関係者の証言とともに再現する。 空前にして、絶後――。 国内で開催されたグランプリ最高峰クラスのレースで、観客が総立ちになって拳を突き上げるなど、後にも先にも見たことがない。視線を一点に集めた先に、ヘルメットから後ろ髪をなびかせた日本人ライダーがいた。 ノリックこと、阿部典史。 '90年代のバイクシーンを、熱狂の色に染めた一人だ。とりわけ'94年と'96年の日本グランプリは、ノリックの、ノリックによる、ノリックのためのレースだった。 彼はなぜファンの支持を一身に集め、時代の寵児となり得たのか。 まずは、'94年4月24日の