一橋大学教授 石黒 圭 私は、ふだん大学で留学生に日本語を教えています。日本語を初めて学ぶ留学生がまず驚くのは、日本語に自分のことを指す言葉、一人称の種類が多いことです。たしかに、「私」「僕」「俺」「わし」「おら」「おいら」「あたし」「うち」「わたくし」「小生」「我輩」「拙者」など、本当にさまざまで、留学生は戸惑います。日本人は、なぜ、こんなにたくさんの一人称を使うのか。英語なら「I」ひとつで済むのに、というわけです。 日本語に一人称が多いのは事実ですが、私たちはふだんそんなにたくさんの一人称を使っているでしょうか。夏目漱石の猫でもないのに「我輩」を使ったり、侍でもないのに「拙者」を使ったりするでしょうか。一般的には、男性なら「私」「僕」「俺」のなかから、女性なら「私」「あたし」「うち」のなかから、二つか三つを使っているぐらいでしょう。数は多いけど、実際に使っているのはごく一部なのです。