文庫『海炭市叙景」佐藤泰志(小学館) 家出をしていた10代の頃、ガードマンのアルバイトをしていた。うす暗い朝の始発電車で工事現場に出かけていく。ときには深夜、誰も通らない場所で夜が明けるまでそこに立っているだけの現場もあった。真っ暗で何も見えない8時間。そういう時は、<頭の中で何かを考える>ということにも飽きてくる。住処としてあてがわれていたのは、繁華街のド真ん中に立つ居酒屋があるマンションの3階。部屋の窓から路上の猛者たちの本気の殴り合いを見かけたり、入口で何か物音がするなと思ったら、ドアに向かって小便をしている酔っぱらいに遭遇したりした。相部屋の年上の男は、空手をたしなむが気が弱いナルシストでなぜか僕はいつも彼を励ましていた。最寄の駅までの道のりにはたくさんの浮浪者が横たわっていて、その間をぬって駅に向かう。ああはなりたくないと思いながら、そういう僕も故郷を捨てた身のその日暮らしだった