古墳でもいい
ここ一週間、記事広告タイトルのPR表記や広告表記の有無の問題の議論が盛り上がっているようです。 起点になったのは、バズフィードによる人気ライターのヨッピーさんインタビュー記事。 ■「おもしろい広告」ってどうやって作るの?人気ライターのヨッピーさんに聞く インタビュー自体は非常に良いインタビューだと思うのですが。 この記事中で、ヨッピーさんが「記事のタイトルにもPRと入れろ」という人達に対する反論をしている発言に刺激される形で、ウェブ業界では有名な編集プロダクションのノオトの宮脇さんがFacebookで同意する言及をしたことが発火点になっています。 まぁ、正確に言うと、元々は確か昨年末に誰かが、ヨッピーさんはなぜ自分の記事広告の件名にPR表記をいれないのだろう、という趣旨の問題提起をしたのがきっかけで、宮脇さんと、ネットウォッチャーとして有名なおおつねさんを中心にした人達が平行線の議論になっ
今回、ヨッピーさんとのやり取りが、なんでこんなにこじれてしまったのか、自分でも最初はよく分からなかったんですよ。あんな煽りタイトルを記事につけるつもりも無かったのに、つい感情的になって勢いでつけてしまった。 僕のブログ記事へのコメントで、非常に的確に指摘してくださった方がいます。 たけだ さん 「自分もヨッピーと公開議論したかった」→「でも、返信くれなくて不快だった」→「煽り気味に催促すれば、返信くれるかな?」→「返信くれた!メッセンジャーなのは残念だけど、議論できたのは良かったー!」→「あれ?違う人は公開議論してる!」→「自分はなんで、オープンじゃないの?不快!」 読者としては上記のように読み取れました。 いや、違うよ、と思うかもですが、そう思うかもしれないと、承知でコメントしています。 自分の感情を尊重することはもちろん大切ですが、相手の感情も尊重してさしあげることも大切だと思います。
はてなでは古典的な問い?受講しているビジネス文書の社外研修で「人はなぜ、人を殺してはいけないのか」というテーマで、「反論と再反論」をA4一枚でまとめろ、との宿題が出たので お花畑なりに張り切って書いてみた。や、本気でそう思ってますから! 設定したターゲットは、ホームグロウン・テロリスト予備軍。 以下本文。 人はなぜ、人を殺してはいけないのか私は、あなたに人を殺して欲しくない。私は、全ての人類が、人を殺したいとは思わない状態を望む。なぜならば、殺人事件や戦争・紛争で人が殺されるニュースは、私を悲しませるからだ。例え事件の当事者が私や家族と無関係だとしても、私は悲しい。いや、そのニュースが私に関係ないとは思えない、と述べた方が正確だろう。 あなたは、「遠くで起こる殺人は、私に全く関係ない」「他人が殺されても、私は悲しくない」と反論するかもしれない。殺されたのは私ではなく、私と関係ない他人だ、と
※タイトルが刺激的すぎるという意見があったので、変更しました(旧タイトル「相手を見ながら喧嘩するヨッピーさんは、なぜ[PR]をタイトルに入れたくなかったのか?」)。 ※この記事の続きを書きました。 okayasu.hatenablog.jp Facebook上での宮脇さんとおおつねさんとの論争に端を発した記事( 記事タイトルに「PR」って入れるかどうか問題について - ヨッピーのブログ )をヨッピーさんが書いた後、なんだかんだあり、shi3zこと清水亮さんが謎の自爆( どうもヨッピーさんとノオトに対して多少の誤解があったらしいので論点整理 - shi3zの長文日記 )を遂げるまでの期間に、ネットの裏側ではこんな論争も起こっていました、という記録です。 最初に断っておくと、僕の主張は某清水さんのようなトンデモ感やツッコミどころは少ないのでネタ的には面白くもないし、メッセンジャー履歴を公開した
僕の記事については「PR入れてもあんま下がらんだろうな」と思ってます。やってみなきゃわかんないけど。ただ「なんでもかんでも注意書き」みたいな文化が嫌で。「じゃあお前もアフィ注意って書け」って飛び火してた
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