ブックマーク / number.bunshun.jp (2)

  • 「頼むから、セ・リーグに行ってくれ」 清原和博と秋山幸二が明かす、野茂英雄との真剣勝負の舞台裏(鈴木忠平)

    鳴り物入りでプロデビューしたルーキーとの初対決は、常勝ライオンズが誇る2人の主砲に大きな衝撃を与えた。ストレートか、フォークか。三振か、ホームランか。記録を超えた、潔いほどの果たし合い。勝っても負けても、彼らはなぜ、野茂英雄に惹きつけられたのか――。 初出:「Sports Graphic Number 1009号」(2020年8月20日発売)<AK砲が明かす真剣勝負の舞台裏>清原和博&秋山幸二「2分の1のスリルと100%の純情」(肩書等すべて当時) 西陽に照らされた藤井寺球場は、いつもより空席が目立たなかった。 1990年4月10日、平日の夕刻から駆けつけた人々の目当ては、これがプロデビュー戦となるルーキー野茂英雄であった。 《こういうことか……。このピッチャーとはそういう巡り合わせなんやな》 1回表、西武ライオンズの4番、清原和博は半ば呆れながら打席に立った。 ノーアウト満塁。そんな状況

    「頼むから、セ・リーグに行ってくれ」 清原和博と秋山幸二が明かす、野茂英雄との真剣勝負の舞台裏(鈴木忠平)
    saledo
    saledo 2021/05/06
    記事中にもあるけど、野茂が大阪大会で完全試合やった相手が吉村府知事の母校やで
  • 原辰徳「桑田は若いけど放っておいてもやる人間」 “1987年の桑田真澄”、恐るべき19歳を振り返る【巨人コーチ就任】(中溝康隆)

    「桑田が1年目の時、軽い冗談で野手に転向したら、って人に言ったんです。バッティングとフィールディングがあまりに素晴らしいんで。そしたらアイツ、マジでむっとした顔をし、『いや、ボクは絶対ピッチャー1でやります』って」 これは30年以上前、原辰徳が『週刊現代』誌上で堀内恒夫と対談した際の発言である。当時29歳のタツノリは「桑田は若いけど放っておいてもやる人間。自分の世界をもう持ってますね。ボクの19歳のころを考えたらすごいと思いますよ」と巨人の新エースを称賛している。そう、沢村賞を獲得した背番号18は、あの頃まだ19歳だった。プロ2年目、前年わずか2勝からの華麗なる逆襲。「1987年の桑田真澄」は誰よりも輝いていた。 球界一のダーティヒーローだった 若い野球ファンには信じられないかもしれないが、当時の桑田は球界一のダーティーヒーローだった。80年代中盤、日中を沸かせたPL学園の“KKコン

    原辰徳「桑田は若いけど放っておいてもやる人間」 “1987年の桑田真澄”、恐るべき19歳を振り返る【巨人コーチ就任】(中溝康隆)
    saledo
    saledo 2021/01/27
    サンダーボールの存在は、かっとばせ!キヨハラくんで知った
  • 1