2021年1月27日のブックマーク (3件)

  • 関ケ原の戦いで西軍が勝った世界線に住んでる

    結論から言うと、東軍が勝った世界線に住んでる人かわいそう。 以下、ざっくり現代までの歴史を書いていく。 徳川家康は関ケ原で討ち死に。徳川秀忠は切腹。両者の首は一条戻橋に晒される。徳川家は結城秀康が引き継ぐも実質滅亡。 その後関東には何人か大名が移り住んだが誰も定着せず荒れ野のまま。 関東なんて今もほとんど人が住んでいないド田舎の話は誰も興味がないと思うので話を元に戻す。 関ケ原の戦い後、小早川秀秋が関白になるも5年で病死。その後は豊臣秀頼が関白になる。日は上杉、宇喜多、毛利、島津などが各地域を100年ほど分割支配し、相互監督をはたらかせていたが、戦争が起こらず、外国との交易も進み商業が発展していったので時代遅れな武士は次第に消えていった。その代わりに交易で利益を上げた大名が豊臣を中心に貴族化していく。というわけでこちらの歴史の授業ではいちいち武将の名前なんて覚えない。そちらではやたらと武

    関ケ原の戦いで西軍が勝った世界線に住んでる
    saledo
    saledo 2021/01/27
    まず、はてなの技術が世界線を跨いでることに驚愕すべきじゃない?
  • 原辰徳「桑田は若いけど放っておいてもやる人間」 “1987年の桑田真澄”、恐るべき19歳を振り返る【巨人コーチ就任】(中溝康隆)

    「桑田が1年目の時、軽い冗談で野手に転向したら、って人に言ったんです。バッティングとフィールディングがあまりに素晴らしいんで。そしたらアイツ、マジでむっとした顔をし、『いや、ボクは絶対ピッチャー1でやります』って」 これは30年以上前、原辰徳が『週刊現代』誌上で堀内恒夫と対談した際の発言である。当時29歳のタツノリは「桑田は若いけど放っておいてもやる人間。自分の世界をもう持ってますね。ボクの19歳のころを考えたらすごいと思いますよ」と巨人の新エースを称賛している。そう、沢村賞を獲得した背番号18は、あの頃まだ19歳だった。プロ2年目、前年わずか2勝からの華麗なる逆襲。「1987年の桑田真澄」は誰よりも輝いていた。 球界一のダーティヒーローだった 若い野球ファンには信じられないかもしれないが、当時の桑田は球界一のダーティーヒーローだった。80年代中盤、日中を沸かせたPL学園の“KKコン

    原辰徳「桑田は若いけど放っておいてもやる人間」 “1987年の桑田真澄”、恐るべき19歳を振り返る【巨人コーチ就任】(中溝康隆)
    saledo
    saledo 2021/01/27
    サンダーボールの存在は、かっとばせ!キヨハラくんで知った
  • 株のデイトレ簡単だよな

    素人のイメージは、モニターが複数あってテンキーをバシバシ叩いてエンターキーを押している感じだと思うんだけど まずそれは古い。 今はクリック1つで注文できる。 そして、俺がいいたいのはそこじゃない。 トレーダーは値動きの激しい銘柄を選んでいるって思っているかもしれないが、(もちろんそういうやつもいる) 勝っているトレーダーは、得意な銘柄を絞っている。 たとえばソフトバンクならずっとソフトバンクの銘柄を毎日何回も売り買いしている。 何十もの銘柄を監視していると言っているやつがいるけど、そういうやつはだいたい負けている 個別銘柄の特性みたいなものがあって、その空気をつかんでいないと運ゲーになるからだ。 今日始めて知った銘柄がランキングにあるからってそれで利益を出そうなんてギャンブルに過ぎない。 俺でいうと2〜3の得意銘柄がある。結構マイナーだしヤフー掲示板も全然賑わっていない。 ただ値動きが読め

    株のデイトレ簡単だよな
    saledo
    saledo 2021/01/27
    ふぐは食べられるよ、毒で死ぬけど。論法