2015年1月24日のブックマーク (1件)

  • 【未完の死生論】「死」は悲しいことなのか。ー 保証されているのは「昨日」でも「明日」でもなく、目の前にある「今日」という瞬間だけであるということ。 - いばや通信

    「死」は悲しいことなのだろうか。「死」は悲しみだけで構成された出来事であり、もう二度とその人には出会うことが出来ない、そして、残された者には悲嘆に暮れる以外の選択肢は残されていないものなのだろうか。 【参考記事】余命宣告と優しい嘘 | 青山華子ウェブサイト 人は必ず死ぬ。これは避けられない運命であり、必ず最後には終わりの瞬間を迎える。だからこそ、この瞬間を大切にしようという気概が湧く。人間がいつまでも生きられる存在だとしたら、この瞬間を大切にしようとは思わない。必ず最後には終わりの瞬間を迎えるからこそ、この瞬間に輝きが帯びる。 私は今、沖縄県の宜野湾市にいて、不思議と「死」について考えている。身近な人間が死んでしまった訳でもなければ、自分自身が病んでいる訳でもない(と思う)。イベント出演で全国各地を巡りながら、稀に「死」が話題にあがることがある。私は、そういう時に「天国」の存在を思う。天国

    【未完の死生論】「死」は悲しいことなのか。ー 保証されているのは「昨日」でも「明日」でもなく、目の前にある「今日」という瞬間だけであるということ。 - いばや通信
    samieel
    samieel 2015/01/24
    今を大事にすれば人生が充実する、そういう考え方好き