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仏教に関するsammyaddのブックマーク (2)

  • 廃仏毀釈について - 内田樹の研究室

    昨日の寺子屋ゼミで「廃仏毀釈」についての発表があった。いくつかコメントをしたので、備忘のためにここに書き留めておく。 神仏分離・廃仏毀釈というのは不可解な歴史事件である。すごく変な話なのである。歴史の教科書では「合理的な説明」がよくなされているが(水戸学が流行していた。明治政府が欧米列強に伍するためにキリスト教に対抗して国家神道を体系化するために行った。江戸時代の寺檀制度に増長した僧侶の堕落のせいで民心の仏教から離反していた・・・などなど)、どうも腑に落ちない。 神仏習合というのはそれ以前にすでに1300年の伝統のあるほとんど土着した日の宗教的伝統である。それを明治政府の発令した一篇の政令によって人々が軽々と捨てられたということがまず「変」である。この人たちにとって、千年を超える宗教的伝統というのはそんなに軽いものだったのか? 神仏分離令の発令は慶應四年(1868年)である。「五畿七道

  • 現役僧侶だけど「空き寺」「後継者不足」などよりもっと深刻な問題

    最近は新聞でも目にするようになった「空き寺」「兼務寺院」「後継者不足」が問題として取り上げられているけど、こんなの実はそんなに問題なんじゃないんです。 最も問題なのは、「空き寺」には誰が住職の籍を置いていて、「兼務寺院」は誰が兼務しているのかということと、「後継者不足」なんて実はしていないってことなんです。 ■3つの問題はリンクしている 宗門大学や大きな寺にはアルバイトの在家出身の僧侶なんて多くいるのに、なんで「後継者がいない」なんて言えるんでしょうか。 この場合の「後継者がいない」という場合の多くは「自分たちの子がいない」という意味だと思っています。 在家出身の僧侶はたくさんいるけど、そういう人たちに後継者として寺を任せたくないのが音なんです。 というのも前述のように「寺」は「家」で、僧侶の財産になっているので血の繋がっていない知らない人に任せたくないんです。 何故こういうことが言える

    現役僧侶だけど「空き寺」「後継者不足」などよりもっと深刻な問題
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