当時その人物が仕事場としていたビルは、深夜12時になると冷房がストップした。そんななか、鉢巻きを締めた彼は汗だくで、貧乏ゆすりをしながら机に向かい、「眼で原稿を喰らうように」ペンを走らせていたという。 トレードマークだったはずのベレー帽も仕事中には脱いでいた。髪の毛がやや後退し、小太りで、ヒゲも青々としている。そんな中年男が汗だくになりながら、原稿と格闘している姿はちっともかっこよくない。だがこれこそ誰あろう、“マンガの神様”と呼ばれた巨匠、手塚治虫の創作中の姿なのだった。 手塚治虫が締め切り破りの常習犯だったことは、いまや広く知られるところである。手塚の元チーフアシスタントである福元一義が2009年に刊行した『手塚先生、締め切り過ぎてます!』でも、その手のエピソードはたくさん紹介されており(くわしくは私が以前、「日経ビジネス・オンライン」に寄稿した書評を参照されたい)、まがりなりにも物書