「冬は寒いから温かい気持ちになれるんだよ」 無駄にキムチ味となった鍋料理をつつきながら、僕は言った。 「そんなことない。暖かい季節のほうが、温かい気持ちになれるよ」 とマイは言う。 「暖かい季節って、あの季節のことか?」 「そう、春よ」 「春に温かい気持ちになれるなんて言ってるのは、世界中でマイだけだよ」 「そんなことない。あたし以外に、世界でもうひとり知ってる」 僕はなんとなくその“もうひとり”がうらやましくなって、再び無駄にキムチの入った鍋をつつき回した。 マンションの隣の部屋の開けっ放しになった窓からは、男の号泣する声が聞こえてくる。 『たまには無意味なことをしてみるものだ! たまには無意味なことをしてみるものだ!』 男はそう叫びながら号泣している。確かお隣さんは、48歳だと言っていたか。僕は彼を見ていると、とても幸せな人生だなと感じたり、とても悲しい人生だなと感じたりする。どっちだ