ブックマーク / note.com/wakari_te (8)

  • 「男の娘」の40年史 またはブリジットをトランス女性にすることがなぜ反動的なのかの歴史的説明|小山(狂)

    人気男の娘キャラ「ブリジット」が、海外トランスジェンダーとして扱われているというニュースが世のオタクを騒がしている。 ブリジットは2002年に発売された「ギルティギアXX」の登場キャラクターであり、ゼロ年代の「男の娘」ブームの火付け役として広く知られるキャラクターだ。日では長年「男の娘」として扱われ「トランス女性」として扱われることは絶無に等しかった。 ブリジットは「とある事情から女性として育てられた男性」という設定を持つキャラクターであり、性の同一性に違和感を感じているわけではない。つまり「トランスジェンダー」としての要件を満たしているようには見えないのだが、海外トランスライツ運動の影響などもあるのだろう。公式からして「トランス女性」という設定を採用してしまったようだ。 しかしはっきり言って、ブリジットを「トランス女性」とすることは反動としか言いようがない。日の「男の娘」文化と西

    「男の娘」の40年史 またはブリジットをトランス女性にすることがなぜ反動的なのかの歴史的説明|小山(狂)
  • 「オタサーの姫」はなぜサークルクラッシュを引き起こすのか|小山(狂)

    「オタサーの姫」についてみなさんはどれほどのことをご存じだろうか。 男性ばかりのオタクサークルに「紅一点」として入り込み、女性経験に乏しい男性メンバーからチヤホヤを無限に搾取し、(たいして美人でもないのに)「姫」として君臨するキモい女たち。そんな一般的なイメージを抱いてる方が大半だろう。もちろんそれは間違いではない。 しかし考えてもみてほしい。もしあなたが女性に生まれたとして、「オタサーの姫」の座に就きたいなどと気で思うだろうか。自由恋愛社会における「若い女」というのはほとんど貴族階級と等しい。にも関わらず、不可触民であるキモいオタクに囲まれる青春など貴方は求めるだろうか。もちろん「YES」と答える方は少数派だろう。せっかく女に生まれたのにオタサーに入るなど常軌を逸している。 オタサーの姫の基習性として語られるサークルクラッシュについてはさらに気違いじみている。平和に活動するオタクをわ

    「オタサーの姫」はなぜサークルクラッシュを引き起こすのか|小山(狂)
  • 「タコピーの原罪」の虐待描写のリアリティについて|小山(狂)

    未読の方向けにストーリーを簡単に説明すると、いじめや虐待などの被害にあっている少女の元に、「ドラえもん」的なひみつ道具を持つ謎の宇宙人「タコピー」がやってきて、少女の境遇を変えようと奮闘する──というもの。 そう表現すると一見ハートフルストーリーのように思えるのですが、(最新第5話の段階では)作中の状況は悪化の一途を辿っています。 タコピーはどうやら「悪意」というものが存在しない世界からやって来た存在であるようで、「いじめ」も「虐待」も「暴力」も上手く理解することができません。100%の善意で行動してるのにも関わらず、タコピーは常に空回りし続けます。 登場するキャラクターたちも魅力的で、それぞれが(一概に邪悪とは言い切れない)切実な感情の元に動いていながら、事態はどんどん最悪の方向に転がっていく。一種のスプラッター・コメディのような趣のある作品です。 テンポも良く、画力も秀でており、キャラ

    「タコピーの原罪」の虐待描写のリアリティについて|小山(狂)
  • 若い女×ハイブランド=風俗嬢|小山(狂)

    おばさんと風俗嬢のSNSことTwitterでは、「高級ブランド鞄のひとつやふたつ、イケてる女子ならなら当たり前に持つ」といった風潮が根強い。 しかしそれなりのブランド品を買おうとすれば、鞄なら安くても10万円程度はする。二十歳前後の女性に手が出る価格とは言い難い。ゆえにそぐわない年齢(10代~20代前半)でそれらを有してるのは風俗やパパ活や水商売などに従事している人であることがほとんどだ。 基的に自分は 若い女×ハイブランド=風俗嬢 だと思っている。池袋や新宿のラブホ街を歩けば小汚い質屋にエルメスだのヴィトンだのシャネルだのの鞄が山積みになっているが、それはひとつの傍証だろう。夜職の稼ぎで分不相応なアイテムを買い、維持できなくなって質屋に手放す。そのアイテムがまた別の夜職の手に渡る。娼婦から娼婦へ。それはハイブランドのアイテムが辿る、ひとつの典型的な一生だ。 こういう真実を語ると 「そん

    若い女×ハイブランド=風俗嬢|小山(狂)
  • 4℃を叩いてるのは「おばさん」と「風俗嬢」|小山(狂)

    今年もクリスマスシーズンがやってきた。クリスマスの風物詩と言えばそう、プレゼントの4℃を叩く女アカウント群だ。 一足早くクリスマスシーズンへの助走を始めるアカウントも現れた。わざわざ4℃の公式WEBサイトを来訪し、クリスマスコレクションをスクショし叩く。2か月も待てない。今すぐ暴れさせろと言わんばかりのボルテージだ。 今年の4℃も安定してダサくて笑ってる。 もはやこんなダサいデザインどうやったら考えつくのか教えて欲しいしネタにされたくて作ってるとしか思えない。 訴えられても不幸になる人を救うべく私は今年も声を大にして言うぞ pic.twitter.com/JVHZLMH4T2 — sasami (@pprnsksk) October 18, 2021 さて、そんなわけでTwitterでは「ダサいブランド」というイメージが定着しつつある4℃だが、ダサいダサいと言われながらも毎年のように話題に

    4℃を叩いてるのは「おばさん」と「風俗嬢」|小山(狂)
  • 日本の教育格差の絶望的な現実|小山(狂)

    サンデルによるメリトクラシー批判が話題になっているようなので、このnoteにおいても日教育格差について自分が見た事情をお話させて頂こうと思う。 以下の文章は2014年に書いたブログ記事の改稿だが、教育格差はその当時から現在まで引き続き拡大し続けている。今はもっと酷いだろう。 ちなみにこの記事は自分が教育という営みに絶望する前に書かれたものだ。 教育困難者に向けた教育ボランティアを3年ほど行った結果、いまの自分は大学受験を経由した階級上昇は「困難」ではなく「不可能」であると考えている。 その考えに行き着いた経緯については、こちらの記事を読んで頂きたい。 ・「底辺からでも努力すれば逆転できる」という神話の嘘 ー ー 数年ほど前にヒットした「ドラゴン桜」という漫画をご存知でしょうか。 「経営破綻寸前の超底辺高校の生徒2人が様々理由から東京大学を目指す」というストーリーで、TVドラマ化や小説

    日本の教育格差の絶望的な現実|小山(狂)
  • 「キモチワルイ」 シン・エヴァンゲリオン感想・考察|小山(狂)

    一応断っておきますが、ネタバレ全開です。 「庵野の回復ストーリー」としてのシンエヴァシン・エヴァンゲリオンとは一言で表すとどういう話だったのか。 「シン・エヴァンゲリオン」とは、ニアサードインパクト(エヴァQ)を起こしてうつ病になったシンジ(庵野)が、周りの人々に支えられて回復し、ゲンドウ率いるネルフ(旧エヴァ)と対決するお話である。 つまり、極めて個人的な庵野秀明自身の「回復の物語」が紡がれている。旧エヴァにあったような普遍的なテーマはどこにもない。ひたすらに、庵野秀明個人がみんなに支えられてうつ病から回復し、エヴァの完結編を創ってエヴァの呪縛から逃れられるようになった。それだけの話が延々と展開されている。 極言すれば、作には「エヴァンゲリオン」のキャラクターはほとんど登場しないとも言える。エヴァのキャラクターの口を借りて、庵野秀明が自分の話をつらつらと語っている。そういう作品だ。 エ

    「キモチワルイ」 シン・エヴァンゲリオン感想・考察|小山(狂)
  • 庵野秀明はもうエヴァンゲリオンを創れない|小山(狂)

    2016年、「シン・ゴジラ」を観たときにふと思ったことがあった。 庵野秀明は、もうエヴァンゲリオンを創れないんじゃないか、と。 「シン・ゴジラ」は絆の物語だった。震災(ゴジラ)という巨大な脅威に人々が立ち向かう物語。省庁の垣根を超え、官民の垣根を超え、現場と会議室との垣根を超え、国と国との垣根を超え、人々は連帯し、協力し、共闘する。 人と人との間にある見えない壁を、A.T.フィールドを超えて、人と人とが繋がり脅威に立ち向かう物語。それが「シン・ゴジラ」だった。 そしてそれは、素晴らしい物語だったとも思う。筆者も劇場で何回か観て、その後もBDディスクを購入し何十回と観ている。特に陳腐化しつつあったゴジラという怪獣を、震災という記憶に新しいイメージに乗せて蘇らせたところは鮮烈としか言いようがない。1954年の人々が初代「ゴジラ」に感じた衝撃と近いものを「シン・ゴジラ」を観た我々は感じることがで

    庵野秀明はもうエヴァンゲリオンを創れない|小山(狂)
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