病弱だけど悪ガキだった木戸孝允 木戸孝允は1833年、天保4年6月26日、長門国萩城下(はぎじょうか)の呉服町に生まれます。父は藩医の和田昌景(わだまさかげ)、なんと木戸孝允は武士の出自ではなかったのです。木戸孝允は医者の長男、和田小五郎(わだこごろう)として成長していきますが非常に病弱でした。父は「この子は成人まで育たないだろう」と悲観して小五郎がいるのに娘に養子を取らせて家督を継がせてしまいしまいます。 しかし、これが和田小五郎少年の運命を変えてしまいます。その頃、隣の百五十石の桂家(かつらけ)の当主が危篤(きとく)になり、すでに婿養子を取っていて和田家を継ぐ必要がない小五郎が急遽養子に迎えられたのです。これにより藩医の倅の和田小五郎は、大組士の桂小五郎になるのです。病弱だから大人しいだろうと思いきや、少年時代の小五郎は大変な悪ガキでした。萩城下を流れる松本川に潜って、そこを往来する船