並び順

ブックマーク数

期間指定

  • から
  • まで

1 - 3 件 / 3件

新着順 人気順

歌丸さん ラジオの検索結果1 - 3 件 / 3件

  • 落語家の三遊亭円楽さん死去 演芸番組などで長年活躍 72歳 | NHK

    テレビの演芸番組などで長年活躍した人気落語家の三遊亭円楽さんが30日、肺がんのため亡くなりました。72歳でした。 三遊亭円楽さんは、1950年に東京で生まれ、青山学院大学在学中に五代目三遊亭円楽さんのもとに入門し、「楽太郎」を名乗って落語家の道に進みました。 早くから話芸が高く評価され、27歳の時に民放の演芸番組「笑点」のメンバーに抜てきされると、毒舌のキャラクターで親しまれ、中でも桂歌丸さんとの掛け合いは長年にわたり番組の名物となりました。 テレビでの活動とともに、精力的に独演会を重ね、古典落語を独自にアレンジした演目などで人気を集めて31歳で真打に昇進しました。 その後、先代の引退を受けて、還暦を迎えた2010年に、六代目「三遊亭円楽」を襲名しました。 2018年には、初期の肺がんであることを公表し、その翌年には脳に腫瘍が見つかるなど、治療を続けながら入院と高座への復帰を繰り返していま

      落語家の三遊亭円楽さん死去 演芸番組などで長年活躍 72歳 | NHK
    • 中3から死ぬまで落語ひと筋で生きた人〜『歌丸 極上人生』

      「兄ちゃん。(落語家を)辞めるなら今日の午後辞めな。やるなら一生やんなさい」桂歌丸が伊集院光(当時三遊亭楽大)にかけた最初の言葉 「日本のスゴイ人列伝」末広がりの第8弾は、桂歌丸師匠(1936〜2018)。 歌丸師匠は、長寿番組『笑点』の回答者、そして先代の三遊亭圓楽の後を継いで、5代目の司会として長年、活躍したのは皆さまご存知の通りです。 長寿番組の人気者だから、この方の人生が順風満帆なのかというとさにあらず。それどころか、山あり谷ありの人生でした。 両親を感じられなかった少年時代 桂歌丸師匠、本名椎名巌さんは横浜真金町の生まれ。 生い立ちから父母の縁が薄く、父親は歌丸師匠が3歳の時に亡くなり、母親は祖母と折り合いが悪く、夫の死後息子を置いて、再婚して家を出てしまいました。 祖母は真金町で遊郭を営んでいました。 「新人」のスカウトでも、自分から出向いていって交渉万端を行います。 そして、

        中3から死ぬまで落語ひと筋で生きた人〜『歌丸 極上人生』
      • ファン必読、読み応え抜群な『笑点五〇年史』

        昨日、巣籠りに読むつもりで何冊か本を購入。 そん中の一冊が『笑点五〇年史』でした。 笑点っていえば、私にとっても「生まれた時からある番組」で物心ついたときは先代圓楽師匠が司会で… といった形。司会も先代圓楽師匠→歌丸師匠→昇太師匠ともう3代を重ねました。 まぁ、多少は知っている番組なんで、特に面白いかどうかは検討しないで衝動買いしたわけですが、これが面白くてね。今回ブログに書こうと思った次第です。 素の出演者の話が面白い! この本は、歌丸さんが勇退されて、終身名誉司会となったころに出版されたもの。 それなんで、現在の出演メンバーのインタビューが全部入っています。 その中で、やはり私が気になるのは「黄色の人」林家木久扇師匠。 笑点では問題を忘れたり、答えを忘れたり、ダジャレを連発するおバカキャラを担当していますが 以前、伊集院光さんのラジオ番組に出演した時に話を聞いてみると、ビックリするくら

          ファン必読、読み応え抜群な『笑点五〇年史』
        1