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2007年10月5日のブックマーク (2件)

  • インターネットのイノベーション,今後は日本から?

    先日,米ワシントン・ポスト紙に「米国人がインターネットを発明したが,今や日人がそれを独占している」という書き出して始まる記事「Japan's Warp-Speed Ride to Internet Future」が掲載された。 これは日が世界最速のインターネット・インフラを構築し,スピードは米国の30倍も速いと指摘する内容だ。日ではフルスクリーンのテレビをインターネット経由で視聴でき,超高速回線を活かした遠隔医療や在宅勤務が始まりつつあると,利用面も紹介されている。米国内である程度の反響があったようで,ソーシャル・ニュース・サイトの「Digg」や「Google Public Policy Blog」などで,さまざまな議論を呼び起こしている。 ワシントン・ポストの記事でとりわけ興味深いのはインターネットの生みの親の一人と呼ばれ,現在は米Googleのバイス・プレジデントを努めるヴィント

    インターネットのイノベーション,今後は日本から?
  • なぜお金はすべてなのか 純粋贈与と、贈与と、交換(全体)  - 奴隷こそが慈悲を施さなければならない

    1 純粋贈与と、贈与と、交換 2 貨幣への負債感 3 科学技術−国家(法)−貨幣 4 貨幣交換世界の正当性 5 神々の闘争 1 純粋贈与と、贈与と、交換 幸運と神 たとえば宝くじで10億円当たってしまうと、どのような気持ちになるのだろうか。それは飛び上がるほどのうれしさであるとともに、不安になるのではないだろうか。無償で大金を贈与されることの罪悪感がともなうだろう。 このために宗教への帰属とは関係なく、漠然と神に感謝するだろう。それはこの罪悪感(負債感)を解消するために必要な返礼する他者を想定する。神へ感謝することで返礼する。あるいは慈善団体へ一部寄付することもあるだろう。また知り合いに祝儀を振る舞うだろう。 これはつゆ払いであるとともに、負債感の解消行為である。このような散財による贈与は、神=超越的な他者への返礼であり、負債感の解消である。これは迷信のようなものであるだけでなく、経済的な

    なぜお金はすべてなのか 純粋贈与と、贈与と、交換(全体)  - 奴隷こそが慈悲を施さなければならない