日本では、初めは名を楷書体で自署したが、次第に草書体にくずした署名:草名(そうみょう)となり、それが文字を離れ、極端に特殊化したものを花押と呼んだ[1]。日本の花押の最古例は、10世紀中葉ごろに求められるが、この時期は草名体のものが多い[8]。933年(承和3年)における右大史坂上経行の署名は草名から花押への過渡期のもので、日本における花押の初見ともされる[8][9]。11世紀に入ると、実名2字の部分(偏や旁など)を組み合わせて図案化した二合体が生まれた。源頼親は「束」と「見」を組み合わせたものを用いた[10]。また、同時期に、実名のうち1字だけを図案化した一字体も散見されるようになった[11]。平忠盛の「忠」一字の花押などがそれである[12]。いずれの場合でも、花押が自署の代用であることを踏まえて、実名をもとにして作成されることが原則であった[13]。なお、当初は貴族社会に生まれた花押だ
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