新宿の鳥取料理店で会ったら、郷土食の豆腐ちくわの話で沸いた。東京在住だが、古里に2か月こもりこの大河小説を執筆したとき母親が差し入れてくれたという。 「かめばかむほど味わい深い。やっぱりおいしい」。ミステリアスな食感の形容は本作にぴたりあてはまる。 舞台は、「自分の育った鳥取県西部を箱庭的に圧縮した」紅緑村。古来、製鉄業を営む赤朽葉家に嫁入りした山の民の子・万葉が未来を幻視する話を手始めに、娘、孫へと連なる女三代記を神話的に語る。 「ガルシア=マルケスの『百年の孤独』のように国の歴史と混然一体となった一族の話を書きたかった。そうした一族が日本にいるなら山陰のような地方都市だろうって……」 戦後の高度成長にバブル景気の熱狂、平成の世の空疎さ。急激な変化に揺れる旧家の人々の愛と悲しみを、神話の根付く土地の不思議な空気に映し出す。底流にあるのは、「幼いころ祖母が人生体験を聞かせてくれた昔話の楽し