2020年1月7日のブックマーク (2件)

  • 母を亡くした時、僕は布団を丸洗いしにコインランドリーに行った|Pato

    24歳の時に母を亡くした。もうずいぶんと前の話だ。 当時、僕は大学院生だった。下宿していた家賃3万円のアパートでその報せを聞いたはずだった。たしか電話がかかってきたんだと思う。あやふやな表現をしているのは、正直に言うとあまり記憶がないからだ。いまだに何をどうやったのかその行程がまったく記憶にない。ただカーラジオからaikoがかかっていたことだけは薄っすらと覚えているので、たぶん車を運転して実家へと帰ったんだと思う。そして母の遺体と対面した。 少しだけその時のことを思い出していた。 クルクルと洗濯物が回る光景をコインランドリーで眺める。そこには言葉のない世界があった。静寂の中でもう遠い昔となったその時のことに思いを巡らせる。いつもここにくると思い出す。それには少しだけ理由があった。 また乾燥機が回っていた。 コインランドリーの乾燥機はなかなかにパワフルなので、おもいっきり乾燥したい時や、急い

    母を亡くした時、僕は布団を丸洗いしにコインランドリーに行った|Pato
    semimaru
    semimaru 2020/01/07
  • 【小西 遼 インタビュー】CRCK/LCKSで目指すのは「世界で通じる日本語のバンド」 | ARBAN

    投稿日 : 2020.01.01 更新日 : 2021.05.26 【小西 遼 インタビュー】CRCK/LCKSで目指すのは「世界で通じる日語のバンド」 ジャズ系ミュージシャンによるポップス・バンドCRCK/LCKS(クラック・ラックス)。小西遼はこのバンドのリーダーとして、また様々なアーティストのサポート役としても八面六臂の活躍を見せている。2020年はいよいよソロ・アーティストとしても始動するという小西。現代の音楽に、彼はどのような可能性を感じているのか。 音楽的にカオスな時期を過ごして ──音楽に興味をもったのは、小学校高学年だったとお聞きしました。 小学校6年生の時、たまたま隣のクラスの担任が平原綾香さんのお母様だったんです。その縁もあって平原さんのお父様(サックス奏者の平原誠)が体育館で演奏会をしてくださって、それがすばらしかったので中学から吹奏楽部に入りました。 ──ジャズに

    【小西 遼 インタビュー】CRCK/LCKSで目指すのは「世界で通じる日本語のバンド」 | ARBAN
    semimaru
    semimaru 2020/01/07