2024年2月12日のブックマーク (1件)

  • 児玉真美 著『安楽死が合法の国で起こっていること』より。大きな絵を描くと同時に、小さな物語を大切にすること。 - 田舎教師ときどき都会教師

    もう生きられないほど苦しいという人がいるなら死なせてあげたい、そういう人のために安楽死を合法化してあげようと考える人たちが善意であることは疑わない。けれどひとりひとりの善意が集まって世論を形成し、その世論の勢いに押されて(乗じて?)制度となった(された?)ものは、人々の善意とはまた別のダイナミズムによって動き始める。安楽死という選択肢をもった社会は、政治や経済やその他もろもろの思惑を孕んだ力学によって、当初の善意からも意図からもかけ離れたところへと動かされていくのだ。そのリアルなリスクを、書の「大きな絵」から感じてもらえればと思う。 (児玉真美『安楽死が合法の国で起こっていること』ちくま新書、2023) こんばんは。第一次産業から第二次産業へと「大きな絵」が描きかえられたときに「身体障害」という言葉が人口に膾炙したという説と、第二次産業から第三次産業へと「大きな絵」が描きかえられている今

    児玉真美 著『安楽死が合法の国で起こっていること』より。大きな絵を描くと同時に、小さな物語を大切にすること。 - 田舎教師ときどき都会教師
    serori8793
    serori8793 2024/02/12
    感じたことは、生きるを前提に誰もが考えて欲しいと思いました。五体満足に生まれた私がやはり誰よりも先に逝きたいけどそれを辛く思う人や自分の責任逃れを想います。障害があっても才能や夢あるでしょうから