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日本と差別に関するshichiminのブックマーク (4)

  • 「ウポポイをどう評価する?」日本で暮らす台湾原住民が見たアイヌ | 文春オンライン

    今年7月12日、北海道白老町内で開業した日初の国立アイヌ文化施設、ウポポイ(民族共生象徴空間)。前回、施設の見学前の下調べをするなかで、私が興味を持ったのが、自分の来のフィールドである中華圏の先住民や少数民族とアイヌとの比較だった。 そこで取材したのが、札幌市内で暮らす台湾基督長老教会のディヴァン・スクルマン牧師である。彼女は原住民のブヌン族出身、台湾南投県で1974年に生まれ、2005年にプロテスタントの宣教師として来日した。なお、長老教会は同国で最大のキリスト教派で、今年7月30日に逝去した李登輝元総統が属したことでも知られている。 民俗学者の鳥居龍蔵が1900年に撮影したブヌン族の姿。2020年9月現在、ブヌン族の人口は5万9925人ほど、台湾最高峰の玉山(日統治時代は新高山)の山麓一帯に多く居住する。

    「ウポポイをどう評価する?」日本で暮らす台湾原住民が見たアイヌ | 文春オンライン
  • 【視点】日本の被差別民――隠れた階級制度 - BBCニュース

    は均質でおおむね調和的な社会という定評がある。外国人は少ないし言語の違いもあまりなく、表面上は階級の区別もほとんどみられない。だがそんな日にもひとつだけ例外がある。普段は目につくことのない被差別民を取材した。 東京・芝浦の肉市場の一角にある飾り気のない部屋。片隅のテーブルに手紙が積んである。露骨な文章を書き連ねた嫌がらせの手紙だ。そこに示された偏見の源は、中世の時代までさかのぼる。

    【視点】日本の被差別民――隠れた階級制度 - BBCニュース
  • 「同和」という言葉をめぐって - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

    当は専門家が語るべきだろうと思うが、今回の騒動で問題となった同和という言葉を中心に少しだけ。僕らの世代では当たり前でも、今の若い人たちはあまり知らないことなのかもと思うし、極めて党派的対立が強い分野なので、専門家ではない一般人がアウトラインを語る意味は少しはあるだろうと思う。 もともとこの言葉は被差別部落の環境改善と差別解消を目的とした事業を、差別によって立ち遅れていた生活インフラや都市環境を他の地域と同じような水準にすることで差別を解消しようという意味で同和事業と呼んだことから来ている(追記あり)。地方で個別に行われていたものが、69年、同和対策事業特別措置法として正式に立法化され国策事業になった。10年の時限立法だった。 多額な予算を投入する国策事業なので、どうしても利権ができる。で、その利権を巡るいくつかの騒動が事件となり同和利権という言葉ができた。一方で、部落解放運動の中で、大き

    「同和」という言葉をめぐって - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
  • 20世紀の日本人は、なぜアメリカの黒人から尊敬されていたのか? - まぐまぐニュース!

    かつてアメリカでは、日人に対する差別が公然と行われていたことはよく知られた事実です。そのような状況に対して、怒り、日人を尊敬し、時に助けてくれた心強い「仲間たち」がいたことをご存知でしょうか。無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日人養成講座』では、アメリカの黒人たちと日人の強い絆、そして黒人運動の指導者が見た「中国と日の違い」が紹介されています。 人種平等への旗手~米国黒人社会の日観 全米1,200万の黒人が息を飲んで、会議の成り行きを見守っている。 1919年、パリ講和会議。第一次大戦の惨禍を再び繰り返すことのないよう、国際連盟創設のための議論が進められていた。米国の黒人たちが注目していたのは、国際連盟規約に「人種平等の原則」を入れるという提案を掲げて参加した日であった。 日の全権使節団がパリに向かう途中、ニューヨークに立ち寄った時には、「ボストン・

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