開高健の言葉だと思うが、「女と食いものが書ければ一人前」という言葉がある。 小説の技術は、単に物語をつむぐだけではなく、人間の欲望や感情を描く能力が求められる。特に食と女は、根源的な欲望や美に関するテーマであるが故、これが書けるということは、作家としての成熟が求められる―――などと解釈している。 宇能鴻一郎はその最強に位置する。昭和的で猥雑な香ばしさの中から、おもわず喉が鳴るような女と食いものが登場する。 例えば、もうもうと煙が立ち込めるモツ焼き屋でレバ刺しを食べるところ。 何といってもまず新鮮な、切り口がビンと角張って立っている肝臓である。それが葱と生姜とレモンの輪切りを浮かべたタレに浸って、小鉢のなかで電燈に赤く輝いているのを見ると、それだけで生唾が湧く。 口に入れて舌で押しつぶすと、生きて活動しているその細胞がひとつひとつ、新鮮な汁液を放ちつつ潰れてゆくのがわかり、薬味でアクセントを