(本稿は『流』の抽象的なネタバレを含みます。) 『流』(東山彰良著、講談社)は1980年前後の台湾を舞台にしたマジックリアリズム小説だ。 抗日戦争から現代へと続く堂々たる大河小説であり、初恋を描いた瑞々しい青春小説であり、鮮やかなミステリーでもある。それらの要素は分かちがたく結びついていて、一分の無駄もない。こんな小説を書けたら、翌日に死んでも悔いはないだろう。 何度か訪れるクライマックスの描写が素晴らしい。ピアノの鍵盤を渾身の力で叩いているような描写と、しっとりと奏でる描写のコントラストが鮮やかだ。しっとりとした方から、読む度に泣いてしまう所を引用する。 寝苦しくて目を覚ますと、あたりはまだほの暗く、窓のカーテンはそよともしなかった。 豆花売りの間延びした声が漂ってくる。わたしはベッドに横たわったまま、その声がだんだん近づいてくるのを聞いていた。子供のころは、まだ夜も明けないうちに起き出