「そいつはできない相談だ。嫌なら出て行くんだな」 「ふざけるな!」 1960年春、ニューヨーク・マンハッタンの音楽事務所。ベンジャミン・R・ネルソン(愛称ベン)さん(74)はののしりながらドアを蹴破るように、まだ肌寒いハーレムの街に飛び出した。ベンさんは当時、「ラストダンスは私に」などのヒットを飛ばすリズム・アンド・ブルース(R&B)のボーカル・グループ、ザ・ドリフターズのリードシンガー。報酬の取り分に不満なメンバーたちの声を代弁し、マネジャーのジョージ・トリードウェル(故人)と交渉したが、一蹴されてしまったのだ。 険悪な気配に、慌てて後を追ってきた男がベンさんを押しとどめる。「落ち着け。やめちゃダメだ」。彼の才能を10代の頃から見いだし、ドリフターズでもロードマネジャーを務め、兄貴分的な存在のラヴァー・パターソン(故人)だった。 「当然自分の側につくと信じていた他のメンバーは知らんぷり。
