文:中原 仁 7月29日、音楽プロデューサー宮田茂樹さんが、急性心筋梗塞のため72歳で逝去された。宮田さんは長年にわたって病魔と戦ってこられ、4月に緊急入院。ペースメーカーを装着して退院後、SNSを頻繁に更新していたので順調な回復がうかがえ、ひと安心していたのだが……。心よりご冥福をお祈り申し上げたい。 宮田茂樹さんといえば “ジョアン・ジルベルトを日本に呼んだ人物” として知られている。“ジョアンの完璧な信頼を得た人物” でもあるが、それ以前、90年代からさまざまな形でブラジル音楽に関わってきた。さかのぼれば70年代後半からの日本のポップスの発展にも大きく貢献した、キーパーソンとなる音楽制作者だ。その略歴を紹介していこう。 1949年11月4日、東京生まれ。東京大学文学部卒。在学中、男女5人組のヴォーカル・グループ、リバティ・ベルズのメンバーとして活動し、南沙織のバック・コーラスをつ