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今回は、学而第一の「夫子は温・良・恭・倹・譲、以て之を得たり」の「五徳」の中の「恭」についてです。「恭」については、論語のほかの箇所にもいくつか登場しています。 例えば、陽貨第十七には、次のような文章があります。 「子張、仁を孔子に問う。孔子日わく、能く五者を天下に行うを仁と為す。之を請い問う。日わく、恭・寛・信・敏・恵。恭なれば則ち侮られず、寛なれば則ち衆を得、信なれば則ち人任ず、敏なれば則ち功あり、恵なれば則ち以て人を使うに足る」 読めば読むほどに、深い味わいが心に伝わってくるような気がする言葉です。「読書百遍、意おのずから通ず」という言葉がありますが、この文章にもそういう味わいがあるように思います。 「恭(うやうや)しい」は、礼(うや)を重ねて形容詞化したもの さて、「恭」です。「恭」の意味は、「うやうやしい」とされますが、以前から、何か深い奥ゆかしさや雅な品のような意味合いを感じて
皆さん、約3週間振りですね。本当に、ご無沙汰していました。出張が重なり、原稿の執筆がままならなくなり、休載していました。これからしばらくの間、出張が続きます。出稿頻度が少し減りますが、ご理解のほど、よろしくお願いします。 さて今回のテーマは、「良」です。学而第一の「夫子は温・良・恭・倹・譲、以て之を得たり」の「五徳」の中に出てきます。「良」については、さまざまな先達の解釈を総合すると、善良で素直、というふうに一般的に解釈すればいいと考えています。 そして、これは孔子の善良で素直な心や人格が一体となり、人柄や思考、態度、礼節などになって現れているわけです。心と体、態度は、孔子においては、まさに心身一如といえるでしょう。それゆえに、孔子は、弟子はもちろん、周りから尊敬されました。当時の王侯権門から自ら求めないのに、相談を受けることが多かったようです。 さて、周りから尊敬されるのが「良」です。企
今回は「温」について学びましょう。「温」とは、温和、温厚、おだやかで情に厚い、温かい、温もりがある、という意味です。 『論語』の要諦第二段の「温・良・恭・倹・譲」、いわゆる五徳の中にあります。学而第一で、孔子の弟子である子貢が、師である孔子の人柄を評して次のように述べています。 「夫子(ふうし)は温・良・恭・倹・譲、以て之を得たり」(先生は、温和で情に厚く、善良で、慎み深く、倹素・自制があって、謙遜謙譲のお人柄だから、その徳に感じて、自然に先方(王侯権門など)から政(まつりごと)の相談を持ち掛けられる)と。 この五徳は、孔子の立派な人格が内に満ちていて、人に応接する際などに、おのずから外部に、外貌や外見、人柄となって現れるものと考えられます。いわば孔子の人格の発露であり、品格、品性といえるでしょう。 ちなみに子貢は、子路や顔淵と並ぶ孔門十哲の1人です。孔子が73歳で死期を悟った時に、最も会
『論語』には、「知」についての記述が随所に出てきますが、「知」に関する最も有名な文章の1つは、子罕第九の「知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼(おそ)れず」ではないでしょうか。この条は字の如く、知者は惑わない、仁者は憂えない、勇者は恐れないというわけです。 筆者自身が、この文章を初めて読んだ時に思ったのは、惑わない、迷わないほどの「知」とは一体どういう「知」なのだろうか? その正確な意味、内容、実体は何なのだろうか? そして、なぜ惑わないのか? ということでした。 爾来、長年折に触れて「知」の意味を考えてきました。他方、雍也第六の「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのちなが)し」という文章があります。意味は、字の如くかとも思いますが、次のような意味になるのではないかと思っています。 「知者というのは、常に流れて一瞬たりともとどまること
「礼」の大切さは、2500年前の孔子の時代も、今も変わりません。孔子は、とりわけ「礼」を重視しました。 「礼」とは、礼節、礼儀作法、人間としての正しい立ち居振る舞い、冠婚葬祭、宮廷の祭祀の式次第などで、幅広い意味があります。ただし、「礼」は、人を敬う心や感謝の心を本(もと)としなければなりません。つまり、根本の精神が欠けていれば、立ち居振る舞いや礼儀作法といった外観がいかに美しくても、いかがなものか、問題があると孔子は見ているわけです。 「礼」の要素は、心と外見(見た目) 「人は見た目が9割」という心理学者マレービアンの法則がありますが、外見、外観だけでなく、心を常にこめたいものです。しかし、見た目も重要です。従って、「礼」の要素は、心と外見(見た目)ともいえます。 マレービアンの法則に関連するような言葉が、四書五経の五経の1つである『礼記』にあります。「礼義の始めは、容体を正しくし、顔色
「義」という言葉を聞いて、今すぐに浮かんでくる人物を挙げるとすると、NHKの大河ドラマ「天地人」の主人公である直江兼続と、その師ともいうべき上杉謙信でしょうか。 禅を深く学び、「義」を大切にしたのは、戦国武将でいえば、上杉謙信が最右翼といっていいかもしれません。その家臣であった直江兼続は、謙信の教えを胸に、「義」と愛を自己の機軸としたといえるでしょう。 「義」とは、正しい人の道です。その意味で、「義」のある戦いしか謙信はしなかったといわれています。そこに「義」を見いだせば、まさに『論語』の為政第二にある「義を見て為(な)さざるは勇無きなり」(正しい人の道と知りながら実行しないのは、勇気が無い)ということを実践したといえるでしょう。 謙信が少年時代に学んだ禅宗の林泉寺(新潟県上越市)には「第一義」という謙信直筆の額が山門に掲げられています。この寺で謙信が『論語』の素読を始め、『論語』に大いに
読者の皆さん、ゴールデン・ウィーク(GW)はいかがでしたか? すっきりリフレッシュした頭で『論語』に向き合うと、新たな「気づき」がたくさん得られます。 さて今回は、『論語』における「仁」について、学びましょう。「仁」は、現代の意味に直すと、思いやりよりも、もっと広い愛とか大きな人間愛、利他の心という意味に近いですね。このようにしか表現ができないのには、理由があります。実は論語の中で、孔子が「仁」の意味を定義していないからです。 500余りある『論語』の章の中で、約60が「仁」に関連した章です。ところが、残念ながら「仁」を明確に定義していないうえに、様々な使われ方をしています。その結果、「仁」は何かということが、明確になっていないというわけです。少なくとも、古今に数多(あまた)いる『論語』の読み手にとっての実感ではないでしょうか。実際、読み手によって、「博愛」、「心の徳」、「思いやり」などと
経営者の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。いよいよ今回から各論です。「学」の文字を通して、論語を学びましょう。 古来から「学」の王道は、先人や歴史を知ることにあります。『論語』を著した孔子は、周公を理想の人物と考え、ひたすら学んだといいます。周公をはじめとする歴史上の偉人たちと“常にふれ合い”、まさに彼らとともに過ごしたというほどの徹底ぶりが、孔子の「学」に対する姿勢といわれています。孔子ほど先人から深く学び、思索した人は少ないといえるでしょう。 孔子がどういう態度で「学」と接していたかは、次のような言葉で分かります。 「我は生まれながらにして之を知る者に非ず。古を好み、敏にして以て之を求めたる者なり」(私は生まれながらにして道を知るものではない。古(いにしえ)の聖賢の書物や先人の説いた道を好み、精力的に真理を探求し学問を続けている人間だ」と。 孔子は謙虚にこうも言います。 「十室の邑(ゆ
なぜ今、論語なのか? 2008年9月のリーマン・ショック以来、6割経済、5割経済ともいわれるように、急降下を遂げた世界経済。「100年に一度」といわれる未曾有(みぞう)の不況が押し寄せて来ました。思い起こせば、まさに想定外の世界同時不況という大暴風雨の中に、自動車産業などの輸出産業を牽引車とした日本経済全体が、アクセルを吹かしながら突如飛び込んで行ってしまった状況です。 そして現在は、いつ暴風雨が去って晴れ間がのぞくのか、自身が航海している位置や方向すらも、そしてどう進んだらよいのかも定かには分かっていません。航海の羅針盤を失い、いわば“漂流”状態にあるというのが、1つの時代認識ではないでしょうか。 そのような時代にあって、我々ビジネスパーソンは、どのように時代と向き合っていったらよいのでしょうか。 「治にいて乱を忘れず」とは古来からの名言ですが、単なる不況を通り越して「乱」となってしまっ
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