福島と山形を結ぶ奥羽山脈の難所、板谷峠。1899年に鉄道が開通したこの区間に、蒸気機関車の峠越えを支えるためだけに作られた駅がある。その名は「峠」。 一昔前、駅のホームで「駅弁、えきべーん」という売り子の掛け声とともに、立ち売り、ドア越し販売が行われていたが、東日本で唯一、今もその姿を見ることができるのがここ峠駅。乗降客は限りなくゼロに近いこの無人駅で売られているのは「峠の力餅」だ。1901年に「峠の茶屋」初代が売り始めたお餅を木箱に入れ、現在は5代目の小杉大典さんが駅に立つ。 これは、峠に生まれ、峠に生きる5代目の物語だ。 #1 なにもないところにある駅 その場所を前にしたとき、本当にここは駅なのか、と不安が湧いてきた。 人の往来がない。耳に入ってくるのは、音程やリズムが違う鳥のさえずりとセミの鳴声だけ。線路の位置からおそらくここが駅だろうと思われる倉庫のような建物は、車が停まっていなけ