2016 - 01 - 11 「隣組」が残ってるのは相馬地方だけ? 相馬に住んでいたときは全然不思議に思わなかったけど、結婚していた時に冠婚葬祭などで妻と一緒に相馬に帰省したときに妻に驚かれたことがある。 それは「隣組」の存在。相馬には今も隣組が残っている。 隣組とは 江戸時代には農村や町に「五人組」と呼ばれる連帯責任・相互監察・相互扶助の組織があって、これが末端組織としてお互いを監視したり助け合っていたことは歴史の教科書にも書かれている。 隣組は、この五人組の慣習を利用する形で、戦時色が強まりつつあった1940年に内務省が訓令した「部落会町内会等整備要領」によって全国に組織された。 5軒〜10軒くらいの家を中心に、物資の配給や供出を行う単位であり、銃後の生活を支える住民互助の組織であったが、同時に住民同士が相互に思想を監視し合う役割を負っていたとされる。 隣組の歌 同1940年に隣組の普