イラク戦争で160人を射殺して米軍の「伝説」となった狙撃兵クリス・カイル。実在の人物でありながら、彼について語られたことも、彼が自らについて語ることも(この映画の原作はその自伝だ)、なにか現実離れして思える。しかしこのクリント・イーストウッド作品はヒーロー・ファンタジーについての映画ではあるかもしれないが、映像も音声もリアリティの行き着く果てにリアリズムすら凌駕し、ファンタジーであるはずの物語は強烈な悪夢として始まる。真っ暗な画面に遠くから「アッラー・アル・アクバル」とイスラム教の祈りの朗誦が聴こえ、なんの音かなかなか判然としない規則的な重低音が響くなか、いきなり「アメリカのヒーロー」であるはずの主人公が、母親とおぼしき女と、その年端もゆかない少年に照準を当てているのだ。 言葉やストーリーでは伝えきれないことをこそ見せる映画 冒頭の照準器のなかの母子と、狙撃銃の向こうのクリス・カイルのアッ