花々を見て、煙のまとわりつく木々を見て、のぼっては下るカラスの群れを見て立ちつくすわたしに、ピーターが何か言った。「野菜に囲まれて物思いかい」だったかしら。「おれはカリフラワーより人間がいいぞ」だったかしら。ある朝、朝食どき、テラスでのことだった。ピーター・ウォルシュ……もうすぐインドから戻る。六月?七月?どちらだか忘れた。だって、あの人の手紙は恐ろしく退屈なんですもの。覚えているのは語られた言葉、あの眼差し、ポケットナイフ、笑い顔、不機嫌。何百万の物事が何もかも消え失せて、残ったのがカリフラワーについての二言三言だなんて、とても不思議。 (バージニア・ウルフ著、土屋政雄訳『ダロウェイ夫人』光文社) 被災した時間 大規模な災厄は、人間の時間意識を変える。 そのことを最初に意識したのは9年前、東日本大震災の直後だった。震災は時間の流れを分断し複線化した。列島は複数の時制へと引き裂かれた。目前
![“感染”した時間|斎藤環(精神科医)](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/7e6a8ef589446ba8d1244d42656852f21c2505bc/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fassets.st-note.com%2Fproduction%2Fuploads%2Fimages%2F25595411%2Frectangle_large_type_2_431f1f40ff1912da5e979b9fbfb19ac4.jpg%3Ffit%3Dbounds%26quality%3D85%26width%3D1280)