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これはすごいと災害に関するsotokichiのブックマーク (6)

  • トルコ地震の救済支援物資が現地に送られていなかったことがAirTagで判明 - iPhone Mania

    Appleの紛失防止タグAirTagを所持品のセキュリティ以外のために使用する事例が昨今多数報告されていますが、今回は災害支援物資がちゃんと現地に送られているかを調査するためにAirTagが使用されました。 ■3行で分かる、この記事のポイント 1. Appleの紛失防止タグAirTagが、災害支援物資の転売現場を目撃した。 2. メキシコのジャーナリストが米1袋とトイレットペーパー1パックにAirTagを埋め込み、行方を調査。 3. 最終的に物資が国外に出ることはなく、メキシコシティの市場で転売されたことを確認した。 支援物資は国内にとどまったまま転売されてしまった? メキシコのジャーナリストのパメラ・セルデイラ氏は、今年2月6日にトルコ南部のシリア国境近くで2月6日に起きたマグニチュード7.8の地震の救済支援物資が実際に現地に送られているかが定かでなかったため、自身が寄付した米1袋とトイ

    トルコ地震の救済支援物資が現地に送られていなかったことがAirTagで判明 - iPhone Mania
  • 台風6号が「神回避」すぎてワロタwwwwwwww : ニュー速VIPブログ(`・ω・´)

  • 【放射能漏れ】「東電の不作為は犯罪的」IAEA元事務次長一問一答+(1/2ページ) - MSN産経ニュース

    福島第1原発事故をめぐり産経新聞のインタビューに応じた国際原子力機関(IAEA)元事務次長でスイスの原子力工学専門家、ブルーノ・ペロード氏との一問一答は次の通り。 --福島第1原子力発電所事故で日政府がIAEAに事故に関する調査報告書を提出したが 「私は事故後の対応について日政府や東電を批判するつもりはないが、両者が事故前に対策を取らなかったことは深刻だ。特に、東電の不作為はほとんど犯罪的だ」 --なぜ、そう思うのか 「福島第1原発の米ゼネラル・エレクトリック(GE)製沸騰水型原子炉マーク1型は圧力容器と格納容器が近接しており、水素ガスが発生すれば圧力が急激に高まる危険性が1970年代から指摘されていた。福島で原発の建屋はクリスマスプレゼントの箱のように簡単に壊れたが、スイスでは90年代に格納容器も建屋も二重するなど水素ガス爆発防止策を強化した」 --東電はどうしたのか 「当時、スイス

    sotokichi
    sotokichi 2011/06/13
     「東電は巨大で、すべてを知っていると思い込んでいた。神様のように尊大に振舞った。東電が原子力安全規制当局に提出していた資料には不正が加えられていた。これは東電が招いた事故だ」 #genpatsu
  • 日本でのガイガーカウンタ増設を目指すプロジェクト--海外で始動

    でのガイガーカウンタ増設を目指すオープンソースおよびクラウドソーシングプロジェクトSafecastが、3万3000ドルの資金調達目標をKickstarterを利用して達成した。Kickstarterはクリエイティブなサービスのための資金調達支援サービス。これにより、100台から600台のガイガーカウンタが日に送られるとみられる。Safecastは、政府や非営利団体などに加えて、センサから取得されるデータの国際的なオープンソースネットワークPachubeからの放射線量測定値を収集しており、日に送られるガイガーカウンタのデータもSafecastに送信される予定。 Safecastは、Marcelino Alvarez氏とソーシャルおよびモバイル開発会社Uncorked Studiosのアイデアによるものだ。Alvarez氏によれば、ガイガーカウンタの第一陣は放射線量のデータが少ない地域

    日本でのガイガーカウンタ増設を目指すプロジェクト--海外で始動
  • 此処より下に家建てるな…先人の石碑、集落救う : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    「此処(ここ)より下に家を建てるな」――。 東日巨大地震で沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市にあって、重茂半島東端の姉吉地区(12世帯約40人)では全ての家屋が被害を免れた。1933年の昭和三陸大津波の後、海抜約60メートルの場所に建てられた石碑の警告を守り、坂の上で暮らしてきた住民たちは、改めて先人の教えに感謝していた。 「高き住居は児孫(じそん)の和楽(わらく) 想(おも)へ惨禍の大津浪(おおつなみ)」 州最東端の●ヶ埼(とどがさき)灯台から南西約2キロ、姉吉漁港から延びる急坂に立つ石碑に刻まれた言葉だ。結びで「此処より――」と戒めている。(●は魚へんに毛) 地区は1896年の明治、1933年の昭和と2度の三陸大津波に襲われ、生存者がそれぞれ2人と4人という壊滅的な被害を受けた。昭和大津波の直後、住民らが石碑を建立。その後は全ての住民が石碑より高い場所で暮らすようになった。 地

  • 【東日本大震災】15年間の引きこもり男性、自宅流出も避難せず奇跡の生還 - MSN産経ニュース

    岩手県野田村の海岸線近くに住む無職男性(48)は約15年間外出せず、引きこもっていた。自宅ごと流され、一時は死を覚悟したが奇跡的に生還、「幸運だった」と語った。 男性は母親(72)と2人暮らし。勤めていた東京の会社が約15年前に倒産。故郷に戻り、引きこもるようになった。「避難はおっくうだった」と男性。11日の激しい揺れの直後、「逃げなきゃだめだ」と何度も訴える母親の言葉を聞き入れなかった。母親だけが避難した直後、ドンという音とともに、自宅は流された。部屋の壁が崩れ、天井が落ちてきた。あっという間に胸まで水に漬かり、屋根の梁に手を伸ばし必死に抱え込んだ。わずかな空間で呼吸し、屋根ごと1キロ近く流された。 だが間もなく屋根は真っ二つに割れ、濁流の中に。ようやくビニールハウスの骨組みをつかみ、波に耐え続けた。どこにいるか分からなかったが、寒さに震えながら高台へ歩き、隣の久慈市の避難所に着き、母親

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