昨日の続きです。 赤木さんは第3章「丸山真男をひっぱたきたいができるまで」で、ご自分の思想遍歴を語っているのですが、これがまさに昨日の話とつながります。 彼は、自分が「いわゆる左派」だったというのですが、その「左派」ってのは何かって言うと、最初に出てくるのが、オウム真理教バッシングに対する批判なんですね。 それが左派かよ!そういうのはプチブル急進主義って言うんだぜ! と、昔風の左翼オヤジはいうでしょう。 オウムだの幸福の科学だの、そういう大衆をだまくらかすアヘン売人どもに同情している暇があったら、その被害者のことを考えろ! と、ゴリゴリ左翼はいうでしょう。 でも赤木さんにとっては、そういうリベリベな思想こそが「左派」だったんですね。このボタンの掛け違いが、この本の最後までずっと尾を引いていきます。 彼が、「このような左派的なものに自分の主張をすりあわせてきました」という、その「左派的なもの