小学生のころから建築家の仕事に憧れ、何の迷いもなく大学の建築学科に進学した。設計のことしか頭にない“オタク”な学生だったと振り返るが、同世代の考えには批判的で、デザインとは畑違いの構法計画の研究室をあえて選んだ。こうした行動が象徴するように、隈研吾氏は目の前の流れに乗らずに、批判と反骨精神を持ちながら挑み続けている。6回に分けて隈氏へのインタビューの全文を紹介する。 ――隈さんが職業として建築家に興味を持ったのは小学生のときだそうですね。 隈 大きな理由は、自分の家が木造の古い家で、友だちの家とすごく違ったことです。横浜市郊外の住宅地にあって当時、新建材を使った米国スタイルの新しい家が完成していくなか、自分の住んでいる家だけが古くて暗かった。それがコンプレックスでした。それで家って何だろう、建築って何だろうと、考えるようになりました。こういうバックグラウンドがあったから、東京オリンピックの