2026年8月4日のブックマーク (2件)

  • 宮本佳林『元アイドルがバイブコーディングできるようになるまで。』

    こんにちは!2020年までハロー!プロジェクト Juice=Juiceで活動をし、卒業以降はソロで音楽活動をしております。 宮佳林です!はじめましての方もこの記事にはいらっしゃるかな、、?先日、 AIで配信システムを作ったものを自分の勉強のためにAIと一緒にブログを書いたところ、かなり反響があり嬉しい気持ちとびっくりした気持ちで感情の整理が追いつきません元々知識あったのでは?などなどSNSで色々な意見を見たので、、この記事ではどのようにしてただのアイドル佳林がバイブコーディング(AIに自然言語で指示してコードを書いてもらう開発手法のことです)出来るようになったのか?を語りたいと思います。大前提アイドルはずるいです。自覚あり。コツコツと勉強を積まれている方にとって、羨ましいことの連続でブログが構成されていきます。たくさんのIT超有名人の方々の手助けがあったこと、当に感謝の気持ちでいっ

    宮本佳林『元アイドルがバイブコーディングできるようになるまで。』
  • 『みいちゃんと山田さん』は、なぜ山田を「天才」にしなかったのか

    『みいちゃんと山田さん』は、貧困や夜職を描いた作品として語られることが多い。 けれど終盤まで読み進めるうちに、私の関心はみいちゃんではなく、山田へと移っていた。 最近、市川沙央の『ハンチバック』を読んで以来、「誰が誰を描くのか」という当事者性の問題を意識するようになった。 ただし『ハンチバック』が問うのは主に「語る権利は誰にあるのか」であるのに対し、『みいちゃんと山田さん』が私に突きつけてきたのは少し違う問い「なぜ他人を語りたいと思うのか、その欲望はどういう形をしているのか」だった。 近い問題圏にありながら焦点はずれている。 その前提でこの作品を見ると、これは露悪的に貧困や夜職を描く漫画であると同時に、「他者の人生を創作へ取り込むこと」の倫理を問う作品にも思えてくる。 この作品で一番秀逸だと感じたのは、山田を「才能のある漫画家志望者」ではなく、凡庸な創作者として描いたことだ(持ち込み作品は

    『みいちゃんと山田さん』は、なぜ山田を「天才」にしなかったのか