2010年1月21日のブックマーク (3件)

  • シーギリヤ - Wikipedia

    シーギリヤの遺跡は、5世紀にカッサパ1世(在位477〜495年)によって建造された、要塞化した岩上の王宮跡と、それを取り囲む水路、庭園、貯蔵施設などの都市遺構からなる。岩山の中腹には『シーギリヤ・レディ』として知られるフレスコの女性像が描かれている。当初は500体ともいわれたが、風化が進み現在は18体だけが残る。 シーギリヤロックは火道内のマグマが硬化して出来た岩頸で、形状は楕円柱、標高約370m、岩頸そのものの高さは約195m、全方位が切り立った崖になっている。 王宮への道に築かれたライオンゲート。現在は前足の部分しか残っていないが、元々は巨大なライオンの顔が置かれていた シンハラ王朝の5世紀、ダートゥセーナ(英語版)王の息子カッサパ1世は、王の甥であり軍司令官でもあったミガラの支援を得てクーデターを起こし、477年には父親から王権を奪取する。しかし平民出身の母親を持つカッサパ王は、王族

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    stupa-book 2010/01/21
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  • キジ島 - Wikipedia

    キジ島(キジとう、キジー島、キージ島、ロシア語: Кижи[1]、カレリア語: Kiži)は、ロシア連邦カレリア共和国のオネガ湖に浮かぶ島。キジ島は、ロシア正教会の美しい木造教会建築群で知られる。1960年、島全体が木造建築の特別保存地区に指定され、ロシア全土から様々な木造建築が移築された。1990年、これらの建築群がユネスコの世界遺産に登録された。ロシアでも有数の観光地である。 キジ島へはペトロザヴォーツクから高速船で行くのが一般的である(1時間強。冬季はオネガ湖が氷結し運休)。 概要・歴史[編集] 顕栄聖堂(プレオブラジェンスカヤ教会)(左)、鐘楼(中央)、生神女庇護聖堂(ポクロフスカヤ教会)(右)からなる木造教会建築群 キジ島は長さ約7キロメートル、幅500メートルの細長い島である。キジ島はオネガ湖のほかの5000あまりの大小様々な島嶼(最大で35キロメートル、最小は2メートルあまり

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    stupa-book 2010/01/21
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  • ドゥブロヴニク - Wikipedia

    プラツァ通り スポンザ宮殿 ミンチェタ要塞 オノフリオの大噴水 ドゥブロヴニク(クロアチア語: Dubrovnik、イタリア語: Ragusa、ラテン語: Ragusium、ドイツ語: Ragusa, Ragus)は、クロアチア、アドリア海沿岸のダルマチア最南部に位置する都市及び基礎自治体で、ドゥブロヴニク=ネレトヴァ郡の郡都である。日語でドゥブロブニク、ドブロブニク、ドブロヴニクとも表記される[2][3][4]。ボスニア・ヘルツェゴビナの唯一の海港であるネウムが回廊状態で分断しているため、クロアチア土の飛び地になっていた。しかし2022年7月26日に土側とペリェシャツ半島を結ぶペリェシャツ橋が開通し、両地区は国境を超えずに往来できるようになった。 1979年に世界遺産に登録された旧市街は「アドリア海の真珠」とも謳われる美しい町並みを誇る[5]。アドリア海沿岸でも傑出した観光地であり

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