運送に関する規定などを現代の経済活動に合わせた商法の改正案が17日、参院法務委員会で可決された。18日の参院本会議で成立する見通し。改正案では今まで残っていたカタカナ交じりの文語体の条文も口語体にしており、憲法、民法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法と合わせた「基本六法」がすべて口語体で統一されることになる。 商法は1899(明治32)年の制定。当時は存在しなかった航空運送の規定がないなど、現代の経済活動との開きが問題となっていた。改正案には、航空機など様々な交通手段を組み合わせた複合運送の規定などが盛り込まれている。 商法は2005年に一部を会社法として独立させた際などに、条文の一部をひらがな表記に改めたり、削除したりした。ただ、運送などに関する約230の条文は文語体のまま残っていたため、今回の改正で初めて全文が口語体となる。 今回の改正で、例えば561条は「運送取扱人カ運送品ヲ運送人ニ引渡
現在も園内に残る患者が掘った壕(愛楽園自治会提供) 1944年、西太平洋の赤道付近に位置する無人島。日本軍の憲兵が銃を向け、男性(当時24歳)に下船を命じた。「らいがうつるから、人がいる島に近付くな。お前はここで死ぬ。そのことが国のためだ」。従う以外に選択肢はない。男性は国に「破棄」されたのだった。 国はハンセン病を「国辱病」と宣伝し、「浄化」に取り組んできた。1907年に「ライ予防ニ関スル件」を制定。31年には「癩(らい)予防法」と改めて、患者を死ぬまで強制隔離する政策を推進した。 男性は1920年、沖縄本島で生まれた。18歳で出稼ぎのため、南洋諸島の一つ、クサイ島に単身渡った。「沖縄に残した父母を楽にさせたい」との思いを抱きながら土地を開墾し、仲間20人ほどと懸命に働いた。 41年12月に太平洋戦争が開戦すると、船にたけていた男性は現地で徴用され、見張り役として働いた。44年の正月、朝
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