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僕がいま働いている会社の部署には、日本人だけでなく外国人も結構いる。こういう環境で働いていて常々知りたいと思っていたのは、外国から来て日本で働いている人は、日本の職場環境や労働観について、どのように感じているのだろうかということだ。いま僕が働いている会社は外資系の企業というわけではないので、基本的には日本式の職場環境や仕事観により運営されているが、こういうのは彼らの常識から照らすと、かなり不合理なものに見えるに違いない。 先日参加した会社の飲み会で、オーストラリア出身の方と話す機会があったので、ちょっとこの問題について聞いてみることにした。予想通りの答えなのだけど、直接聞くと「あぁ、やっぱりそうだよねぇ」と思わずにはいられない。以下に、一問一答形式で話した内容をまとめる。 Q:日本人の働き方についてどう思う? A:働き過ぎ。ものすごく忙しい。こんなのはオーストラリアでは考えられない。 Q:
「成長」という言葉を使うと、なんだか意識が高くて背中のあたりがムズムズしてしまうのだが、今日はそんな「成長」について少し書こうと思う。 まず、最初に「成長」という言葉の意味を明らかにしたい。ここでは、単純に「現在の自分が出来ないことが、出来るようになること」と定義したい。また、「成長」を見返りにした不当な搾取的労働は、絶対に是認できないということも表明しておく(成長とかいらないからまずは残業代ちゃんと払えよなど参照)。 こういう前置きをした上で、今日書きたいのは、「人は、別に苦しまなくても成長できる」という話だ。「成長」を謳うベンチャー企業などは、「仕事は辛いことも多いです。でもその分、大きく成長できます」ということを言ったりする。こういう話を聞いていると、「成長」は苦しんだ先にしか存在しないように思えてしまうが、決してそんなことはないということを今日は書きたいと思う。 まず、人が成長する
去年の8月に成立して、今年の4月1日からいよいよ施行される「改正・高齢者等の雇用の安定等に関する法律」(既存の法律の一部改正)。 成立した時も話題になってたけど、これってほんとにエグイよね。 週刊 東洋経済 2013年 1/26号 [雑誌] 出版社/メーカー: 東洋経済新報社発売日: 2013/01/21メディア: 雑誌 クリック: 8回この商品を含むブログ (2件) を見る 簡単に言えば、これからは正式に「定年を60歳から65歳に延長します」ってことなんだけど、それだけでなく、 ・「希望する全員を65歳まで雇い続ける必要がある」とか、 ・「グループ会社にも同じ仕組みを適用しろ」=子会社はもちろん、関連会社に社員を移しても義務を逃れられない ・「義務を守らない会社名は公表する」 などと、めっちゃ気合が入ってる。 65歳まで、グループ会社の社員も含めて全員雇えなんて、それなりに強く言わないと
当たり前だが、生きるためには「食べること」が必要不可欠だ。基本的に人間は食事をとらずに生きていくことはできない。そして、自給自足でもしない限り、食べ物を入手するためにはお金が必要で、多くの人はこのお金を労働によって得ている。 そういう意味で、「働くこと」と「食べること」は、かなり近い距離にある。「なぜ働かなければならないのか」という問の、もっとも原始的でシンプルな答えは「食べるため」である。実際、働いて独立生計を立てることを「メシを食う」と表現したりすることもある。(異論がある人もいるだろうけど)僕たちは、基本的に「食べるため」に働いているはずだ。 しかし、この国では、どうもこの基本的な関係が崩れているような働き方をしている人が多すぎるような気がしてならない。「食べるため」に「働く」はずが、「働くこと」で(まともに)「食べられなくなっている」のだ。 いきなりだが、ひとつ質問をしたい。あなた
最近は寒い日が続いていたが、今日は一転して気温が高く、なかなか気持ちのよい土曜日である。こういう日に、散歩に出るとなかなか楽しい。僕が大学時代からしつこく住み続けている文京区は散歩の名所で、たとえば谷根千のあたりは下町っぽい街並みで歩いていてとても気持ちがいい。漱石の作品を読むと、登場人物たちがこのあたりを散歩している描写がよく出てくるので、その軌跡を辿るというのも結構面白い。 もっとも、こういう贅沢な遊びが出来るのは、今日が土曜日で、会社が休みだからに他ならない。例えば、今日のような気候であったとしても、それが月曜日だったりすると、一日中オフィスの中で過ごして、天気の良さを実感することなく一日が終わってしまう。オフィスの窓から雲ひとつ無い快晴の空を見て、「あぁ、なんで俺はこんな天気の良い日に、ずっと部屋の中でPCと睨み合っているのだろう」と思ったことがある人も、たぶん少なくないのではない
世界でダントツ最下位!日本企業の社員のやる気はなぜこんなに低いのか? http://diamond.jp/articles/-/30488 この記事によると、世界各国で社員のやる気を調査したところ、日本人は31%と最下位だったそうである。どうしてこんなにダントツでやる気が低いのだろうか、という考察に記事は進んでいくが、僕はむしろ、31%もやる気がある人がいることに驚いた。やはり、社畜の国は違うなと思わずにはいられない。 この記事では、日本人社員がダントツでやる気が低い原因を分析し、成長がどうだとか、貢献がどうだとか、エンゲージメントという概念があって、それでいて経営理念が云々と、とにかくよくわからない考察がツラツラと書かれているが、はっきり言って、ここに書かれていることはほとんど社員のやる気とは関係ないだろう。日本人社員のやる気が諸外国に比べてダントツで低い理由は、端的にその劣悪な労働環境
数日前に話題になった、ヨーカ堂の「正社員半減」に関するニュースを読んでいたら、そのあまりにも酷い中身に腹が立ってきた。 ヨーカ堂「正社員半減」の挑戦 パートに託す命運 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK1902K_Z11C12A2000000/?dg=1 ヨーカ堂のやっていることは、単なる業績悪化に伴う人件費削減にすぎないのだが、それがまるで美談であるかのような書きっぷりをしているところが、いかにも日本の「労道」という感じがする。給与や待遇よりも、やりがいがある仕事を与えることが一番いい、とでも言うかのような書きっぷりである。 特に酷いと思ったのが、以下の部分。 能力とやる気を引き出すには正社員以上に強烈なインセンティブが必要だ。今回の改革でも上級職「ベストリーダー」を新設する予定だが「給与体系の見直しなどはこれから」(ヨーカ堂)。 人件費を抑えな
数日前から 「イクメン、弁当男子」は、なぜ出世できないか という記事がバンバン炎上しております。 はてなブックマークに生息しているはてぶ民も激怒、Togetterで日夜人様の独り言を読んでいる暇な人々も今回は激怒しております。 この記事は • 今の若いものは草食 • 今の若いものはガッツが無い • オレの時代はもっと大変だった という「団塊テンプレ」に沿って若い者の怒りのボタンを高橋名人真っ青な連打で押しまくって盛大に自爆しているわけです。 日本の若い者は • 非正規雇用とか貧乏リーマンで銭がないので弁当男が多く • お金がないので外食なんて無理で • 非正規雇用の人は正社員の輪の中になんて入れてもらえないし • 非正規雇用はいつ首になるかわかんないし • 就職は今の方が遥かに大変だし • 就職できても給料は上がらないばかりかカット • 安給料でサービス残業でブラック労働恒
日本のApp Storeのレビューが酷いという話は有名である。例えば、これはとある無料のニュースアプリのレビューだ。 このアプリが頻繁に落ちること自体は事実のようである。しかし、個人開発の無料アプリに「はっ?」とか「ふざけんなよ」とまで軽々しく、何の抵抗もなく書き込める人がこんなに多いのはどうなんだろうか。おまけに、呪詛の言葉以外には何ら情報が書かれていない。どのような環境で落ちたのか書いてくれれば開発者としても対応のしようがあると思うのだが、この手の斬り捨てコメントではクレームに真摯に対応しようにも対応のしようがない。 このアプリはあくまで一例であり、日本のApp Storeのレビューは、全体的にこんな感じである。特に、フリーズやクラッシュなどの障害系クレームは凄まじく、たとえ無料アプリであってもレビュー欄は星1の情報量ゼロキレコメントで埋め尽くされる。 一方で、米国のApp Store
渋谷のスタバでMacBook Airが“正解”? ハンパな仕事しかできない若者たちが「ノマド」を名乗って陥る「新・ユートピア社会主義」 (SAPIO 2012年11月号掲載) 2012年11月26日(月)配信 4ページ中 1ページ目 前のページ | 1 | 2 | 3 | 4 | 次のページ 文=常見陽平(人材コンサルタント) ノマド、セルフブランディング……。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の広まりとともに、耳当たりのいい横文字のビジネス手法がもてはやされている。だが、その実態は実にイタイタしい。 今年4月、私が渋谷のカフェに入ったところ、隣で仕事をしていた若い男がパソコンの前で大声で話していたので静かにするよう注意したら口論になった。男の反論がふるっていて、「私はイギリスとスカイプ(インターネット電話)でやり取りしている」と言ったのだ。「スカイプ」で「イギリス」なら
親が大富豪であるとか、配偶者が自分を養ってくれるなどの特殊事情が無い限り、基本的に人は働いて、お金を稼がなければならない。つまり、職業を選択しなくてはならない。多くの人は、大学を卒業する段階になって、この現実に直面し、自分の「やりたいこと」は何なのか、と悩みだす。自己分析と称して自分史年表のようなものまで作成して、「自分がやりたい仕事」を精一杯さがそうとする。 これで、自分がやりたい仕事がぴったり見つかるという人は、別にそれでもいいと思う。それは幸せなことである。しかし、そんなに簡単に自分のやりたい仕事はぴったりと見つからないのが現実だ。そもそも、自分が本当に「やりたい」ものであれば、自己分析などするまでもなくやりたいと感じるはずだし、もう既に行動に移しているはずである。 仮に、自己分析の結果「やりたいこと」がぴったり見つかったとしても、それが職業になるとは限らない。例えば、「一日中、家で
会社の新入社員や若手社員が、何か仕事上のミスを犯したとする。書類の書き方を間違ったとか、メールを送る宛先を間違ったとか、内容はまぁなんでもよい。そんな時、あなたが仮にこのミスを犯した社員の上司や先輩だったとしたら、どのように対処をするだろうか。 こんなときに、「意識が甘い」といってミスを犯した社員を責めたり、説教をしたりするのはあまりうまいやり方ではない。確かに、上司や先輩に説教をされれば、その人は「以後、気をつけます」と答えるだろう。大いに反省しているように見えるかもしれない。しかし、怒られて気分のいい人間はいないから、実際にはあなたに腹を立てているかもしれない。また、いくら気をつけても、人間はミスを犯す生き物なので、また同じようなミスが起きないとも限らない。 このような時は、ミスを犯した人を責めるよりも、なぜミスが起きたかを考えて、ミスが起きにくいようにシステムを変えるほうがよい。例え
本当かどうか知らないが、以下のような記事がちょっとだけ話題である。 「社内ニート」20代に急増中 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121104-00000006-rnijugo-bus_all 個人的には、社内ニートになるチャンスがあるならぜひ一度経験してみたいと思っている。毎日ネットして寝ているだけでいいんだったら、ブログを業務時間中に会社で書けるのでだいぶ更新も捗ると思うのだけど、残念ながらそういう機会に恵まれたことがない。 社内ニートになりたいとかなりたくないとかいう話は置いておいて、仮にこの話が本当だとするならば、そろそろ社会の仕組みを考えなおす時期なのではないかと僕は思う。仕事をしていない人がそんなにたくさんいる状態でも世の中が回るんだったら、そろそろ週に5日働くという常識を考えなおしてはどうだろうか。具体的には、週休三日制を
先週おこなわれたTEDxTokyoで改めて考えさせられた内容がありました。 長時間労働が常習化している社員・経営者これから家庭を持つ人、持った人これから(現在)出産や育児に携わる人のような人に特に見て頂きたいと思います。 日本の労働近年の日本人の労働の実体は 平均残業時間60時間/月労働生産性は先進国の中で最下位とのことである。国土も、人口も、資源も、少ないと言われる国なのに、そのうえ生産性が低いときたら…。 だが一方で…「30%の残業が減っても、売上の上がる企業がある」 これは、私の経験からも事実であると感じます。 私は過去に経営に携わった会社では、月の残業時間が20時間を超えると人事評価を落とす制度にしたことがあります。 もちろん、これが平社員であれば、マネージャーの評価も同時に落としました。。マネージャー本来の仕事ができていない証拠だからです。 もし、ずっと長時間労働を続けると…経営
最近の学生と直接交流してみると、僕が想像していたよりもかなり安定を重視しているように感じる。だから、クビになったり転職したりしながら生きている僕の人生はやたらリスクが高いように見えるらしく、「そんなリスクとって不安じゃないんですか」「古賀さんの考え方は変わってる」みたいな話をいっぱいもらう。それを見て、正直言うと、「なんだか今の学生は老人になってしまったな」と思う。(もちろん人によるので「学生」とひとくくりにするのは問題があるとは思うけど、割合として)。心配なのはよくわかるし、合理的だと思う。しかし、安定を求める方法が「過去に安定してた企業に今になって入る」じゃ、むしろ不安定まっしぐらに見えるわけでありまして。
日本社会の荒廃を、貧困層のせいにする人がいる。いわく、貧乏人は無計画に子供を作り、しかも教育にカネをかけないので、バカが増えるという。本当だろうか? あるいは教育コストの高騰で「豊かな人がますます豊かになる」という。本当だろうか? どちらも間違っていると、私は思う。 一般的に、所得が増えると出生率は下がる。これは世界中で観察される現象だ。 ところが日本のように豊かさが飽和した社会では、「金持ちでなければ子供を作れない」という状況が成立する。極端な例を想像してみよう。もしも生まれてくる子供たちが「金持ちの子」だけだとしたら、数世代後には全人口が金持ちの家系の子孫になるはずだ。反面、所得格差がなくなるとは考えづらく、人口が入れ替わっても貧富の差は残り続ける。つまり大多数の人が「没落」を経験することになる。 現実には、こんな極端な状況にはならない。が、「高所得なほど子供をたくさん作る」という傾向
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