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2013年8月30日のブックマーク (3件)

  • 原因と責任

    要因Aと要因Bが重なったときに起きる悲劇Cがあるとき、結果に責任を負うのは要因を作った全ての人々とは限らない。Bだけが責任を問われたり、どちらも無罪放免となったりする。 因果関係と責任の所在は、単純にはリンクしていない。 駅前に停められた、鍵を挿しっぱなしの自動車。運転手は道路の向かう側にある自販機でタバコを買っていて、他に乗っている人はいない。通りがかった人が、ふと出来心を起こして自動車泥棒をする。運転手は慌てて駆け寄ったが、後の祭り。さて、「悪い」のは誰? もちろん、泥棒が「悪い」。罰を受けるのは、泥棒だけだ。 では今後、少しでも犯罪を減らすためにはどうしたらいい? ひとつには、鍵を挿したままの無人自動車を見て泥棒を思いつく人を、社会から消し去ること。その手段として、学校教育、社会教育、そして不幸にも既に悪事を行ってしまった人々に対する更生教育がある。 もうひとつは、鍵を挿したまま車を

    suna_zu
    suna_zu 2013/08/30
    原因に伴って責任が発生するわけではないということが分かった。それで、責任はどんなときに発生するかに興味を持った。悪い時→強制。悪くないとき→推奨。悪い悪くないの境界とそれに対応した推奨、強制の程度
  • 店員同士が仲良いと接客がおざなりになったりするという話 - 諏訪耕平の研究メモ

    経済と人の心は並び立たないものなのか。そんなことを今日彼女と少し話した。 ここで僕が関連性に言及したいのは,ある店における「店員の人間関係」と「売上」の関係である。両者は正負いずれのの相関にあるのかということ。もちろん両方維持することも可能だろう。それは理想として,問題は,「単純に売り上げを伸ばしたいときにはスタッフの人間関係を犠牲にする覚悟が必要」という考え方は正しいのかどうかということだ。 彼女は,「絶対両立できる」と言った。今彼女の職場の人間関係は良好だそうだ。彼女は以前(彼女にとっては)ひどい上司(Aさんとしよう)にあたり,かなりつらい思いをしている。「Aさんがいないってだけで最高だけど,それでなくても今人間関係はすごくいい」と彼女は言う。彼女の職場はスーパーである。 僕はその話を聞きながら,スタッフの人間関係がいいと,接客が駄目になったりすることがあるんじゃないだろうかということ

    店員同士が仲良いと接客がおざなりになったりするという話 - 諏訪耕平の研究メモ
    suna_zu
    suna_zu 2013/08/30
    立場によって異なる目的がある。雇用者と従業員と客がある。
  • 自炊に戦略は必要なのか? - tmurataの日記

    おもしろいと思ったんだけど、自炊が続かないのって 「自炊で1年間を乗り切っていく」ことは、恐らくは相当に高度な知的作業であって、今日から1週間どんなものをべ、それにはどんな材料が必要で、今日の買い物で何を買い、それをどう加工すれば一定期間の保存が利くのか、そのあたりを学ぶためには「クックパッド」では足りない気がする。 http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/1066 こういう(↑)技術的な部分よりも 冷蔵庫が空になった日であったり、あるいは自炊に疲れた日であったり、一定のタイミングで外を導入すると、運用の破綻が回避できる。「外の方が結局安いよね」なんて、自炊に慣れない学生はしばしばつぶやく。慣れない運用に疲弊して、運用を外から購入することで、「結局安い」という体感が得られる。 http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/a

    自炊に戦略は必要なのか? - tmurataの日記
    suna_zu
    suna_zu 2013/08/30
    レジデント初期研修資料を引用した自炊論。技術論より精神論により破綻をきたす感触を持っておられる様子。結局は生活パターンの変化への対応ができずと飲みに行くため破綻。