私は小学校6年間を広島で過ごした。平和教育が盛んで、「語り部」から被爆体験を聞いたり、原爆投下後の広島を描いた演劇を観たり。語り部の話は生々しく、やけどで皮膚が垂れ下がった人が歩く姿も迫真の演技で再現した。原爆による惨状が脳裏に焼き付いた。 核兵器は絶対悪だと信じて育ったが、大学生の時にフランス人留学生から言われて驚愕した。「核兵器は合理的だよ。兵士として前線で戦うのは嫌だけど、核ならボタンを押して発射すればOKだ」。 フランスは原爆を落とされていないから彼はそう思うんだ、さすがに日本では核を持ってもいいという人なんていないだろう。そう思っていたら、日本にもいた。1957年2月から1960年7月まで首相を務めた岸信介氏である。 岸首相は1957年5月7日、参議院予算委員会で社会党の吉田法晴議員から戦術的核兵器の保有の可能性について問われて、次のように答弁している。戦術的核兵器とは、都市を破
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