湯川氏の遺産結実、混迷期に理論再構築 小林・益川両氏2008年10月8日8時0分印刷ソーシャルブックマーク 67年ごろに撮影された益川敏英さん(左から2人目)と湯川秀樹さん(右端)。左端が益川さんの恩師の坂田昌一さん=名古屋大学理学部提供 頭脳のほかに「紙と鉛筆」があればできるといわれる素粒子理論の研究は、これまでも湯川秀樹博士と朝永振一郎博士という2人のノーベル賞受賞者を生んだ日本の「お家芸」だ。小林誠さん(64)と益川敏英さん(68)の「小林・益川理論」は、この伝統の上にたった鋭い直感と深い洞察が結実したものだった。 原子核は陽子と中性子でできているが、1932年に中性子の存在が確認された後、実験で新たな粒子が続々と見つかった。湯川博士が存在を予言した中間子の仲間も、相次いで発見された。 2人が研究者の道に足を踏み入れたのは、新粒子が見つかりすぎて、理論が混迷状態にあった60年代だった