ブックマン社 (九段下・東京) 株式会社 ブックマン社 総合出版、趣味実用関連書、大学受験参考書、文芸書、写真集、介護福祉関連書など、101-0065 東京都千代田区西神田3-3-5 電話 03-3237-7777 — Featured Books
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ポケットベルという物をまわりのみんなが持ち始めた。何だかコソコソと取り出しては、足早に電話ボックスに駆け込んで凄い早さで交信していた。でも、あんな小さい画面に数字の語呂合わせでやりとりできることなんてたかが知れているので、たいして気にも留めないふりをしていた。 やがて、連絡が付かないからと言って半ば強制的にポケベルを持たされた。知らない間に漢字まで表示できるようになっていて、びっくしりて、正直ちょっとうれしかった。でもまわりのみんなは携帯を持ち始めていた。何処にいても電話がかかってくるなんて、どうしてそんなことに耐えられるのかが不思議でならなかった。 あっと言う間にポケベルを持っているのは私だけになって、困ったことに公衆電話が見る見る減っていった。まわりのみんなはいつも携帯で楽しそうに話していた。不意にかかってきてそのまま歩きながらしゃべる内容なんてどうせ大したことはないということにして、
2ちゃんねる型「正義感」のいやらしさ (絵文録ことのは さま) 一見、核心を突いているように見えなくもない文章なのですが、実際のところ、文中の「2ちゃんねらー」を、「日本人」に変えても、「ブッシュJr.」に変えても、あんまり違和感を感じないぐらいの普遍性はあるなぁ、というのが正直な感想。 そういえばおいら自身、つい最近 2ちゃんねるユーザーの帰属意識について指摘したような気がするなぁと思いつつ過去記事漁ってたらやっぱりありました。せっかくなので引用しておきますね。 ただ、最近思うんだけど、2ちゃんねるって、イマイチ 2ちゃんねる以外との繋がりが希薄だよな、って思えちゃうのよね。まぁ、2ちゃんねるに限らず、多くの掲示板主体のサイトにも言えることだけど、ログが流れて dat 落ちする 2ちゃんねるには特に言える事のような気がする。2ちゃんねるって、ひろゆきがいうような「ネットの一部」というより
ひどいトピックの乱立する mixi コミュニティ 404 Blog Not Found 経由、IT戦記 - mixiの[C言語とC++言語コミュニティ]が酷すぎる件に付いてから。 教えてください 助けてください 誰か力になってください などなど、その 8 割が課題の丸投げのために建てられたトピックなのだ。 そのコミュニティ(C言語とC++言語)に書き込まれたトピックの内容を見てみると、確かにひどいです。各トピックの内容がひどいのもそうですが、そうした丸投げ・教えて君書き込みが、繰り返し繰り返し現れているのがトホホですね。(ところで、一部で有名な Kusakabe さんがここでも活躍されていました。自分が正しくても、こういう書き込みをいちいち相手にしてて疲れないのかなぁ。) こういうのは、C言語とC++言語コミュニティに限ったことではなくて、私の知っている範囲では、海外旅行系のコミュニティで
「英会話」のうち、「英語」よりも「会話」が苦手と言う人も居ます。私もその一人です。 英語ができても、小心者で意味がない。(ENGLISH) http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/english/1116752154/ 1 名前:名無しさん@英語勉強中 投稿日:2005/05/22(日) 17:55:54 TOEICは900超えています。知った人はすごいね〜なんて 言いますが、実際は、この点数はかなり中途半端で自慢にもならない。 それよりも問題なのは、 元々、初対面の人と話すのが苦手であり、話題が見つからず、 気まずく、相手に気を使って疲れるだけで、英語を話す外国人から は逃げたくてしょうがない。 英語、特に英会話をやる人は、元々明るい性格で、人を怖がらない、 というのが必須条件だと思われます。みんさん。がんばってね。 4 名前:芳樹 投稿日:2005/
うーむ、二日ほど更新をサボってしまった。 今日は酒の話。 一応体育会系の部活に所属してるので、酒飲んで騒ぐのは大好きです。でも 月と太陽のおもいで。 - 「お酒、飲めないの?」という問い。 私はお酒を飲めない。嘘である。いや、嘘ではないけれど、ちょっとだけ嘘だ。飲めないことはない。けど、飲みたくない。ので、公称としては飲めないことにしている*1。最近は、「飲みたくない人」であることが認知されてきたので楽になってきた。人には好き嫌いというものがあるから、酒が嫌いな人もいる。 id:troubleさんのこの文章を見て反感と共感の両方を感じたので少し書いてみたい。 なんで酒は「強要されるもの」なのか うちのオヤジが前に「酒が飲めない人とは根っこの部分で解り合えない」ってことを言ってたことがある。いや、「酒が飲めない奴はみんな氏ね」って言ってるわけじゃなくて、今思うにそれは酒が人を子供にするからだ
自転車置場の議論 人が集まると、なぜかどうでもいいようなことほど議論が紛糾してしまう傾向がありますが、このような現象のことを、FreeBSD のコミュニティでは自転車置場の議論 (bikeshed discussion) と呼んでいることを知りました。 この、「瑣末なことほど議論が紛糾する現象」はパーキンソンの法則という本の「議題の一項目の審議に要する時間は、その項目についての支出の額に反比例する」という法則として知られています。 この本の中で著者は、原子炉の建設のような莫大な予算のかかる議題については誰も理解できないためにあっさり承認が通る一方で、市庁舎の自転車置場の屋根の費用や、果ては福祉委員会の会合の茶菓となると、誰もが口をはさみ始めて議論が延々と紛糾するというストーリーを紹介しています。 このように、「瑣末なことほど議論が紛糾する現象」はパーキンソン氏によって見事に説明されているの
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マイミクが増えれば増えるほど、書く内容がなくなっていく。(略)親や兄弟も、大学の友人も飲み友達も同僚も小学生の同級生も恋人も全部「マイミク」ということで同じ話題を話そうとしたら、それこそ「今日チャーハン食った。美味かった。」だとか「仕事忙しいです」だとか「これ面白かった。ワラタwwwww」などという薬にも毒にもならんしょうもない事しか書けなくなる。 [カツ紅 - そしてボクはmixiに絶望した] http://d.hatena.ne.jp/akaiho/20061008/1160282192 (略)はkercによる いいじゃん毒にも薬にもならんしょうもない事。大人数の宴会においてしゃべるようなことを書けばいいんじゃないの?たとえばなんだろうねぇ…、自分の周りの全ての人間関係が集まるような場の例…そうね、自分の結婚式を想像して、そこで話すような内容を書けばいいんじゃないの。 「今日チャーハン
「週刊SPA!2006.10/10号」(扶桑社)の鴻上尚史さんのコラム「ドン・キホーテのピアス・587」より。 【ここんとこ、ワークショップっつうのをやったり、新しい劇団のオーディションをしたりしています。 ちょくちょく書いている、僕が司会の『クール・ジャパン』というNHKBS2の番組で、面接の違いについて欧米人と盛り上がったことがあります。 ドイツ人もイギリス人も、そしてアメリカ人も、就職の面接の時は、「かなり攻撃的なことを聞く」んだそうです。 ドイツ人の説明が一番過激でした。 「離婚歴なんかがあると、『どうして離婚したの?』って突っ込まれますね。会社をいっぱい変わっていると、『なにかまずいことでも起こしたの?』って言われますね」 ちょっと信じがたかったので、「それは、なんのためなの?」と、素朴に聞けば、「とにかく相手を怒らせるのが目的なんですよ。怒った時に、相手がどうふるまうか、面接官
世界のはて - たぶん断絶の根っこは、「コミュニケーション弱者」に対する「軽蔑の視線」を許容するのか、しないのか?ってこと http://d.hatena.ne.jp/Masao_hate/20050830/1125351516 つまり、今回の論争の根っこにあったのは、「外見/内面の二項対立」ではなくて、「『コミュニケーション弱者』に対する『容赦のない軽蔑の視線』を、許容する/しないの二項対立」だったんですよ*2。この部分が共有されていなかったために、お互いの話が噛み合わず、「俺の、俺の、俺の話を聴けぇ〜!」状態になってしまったのではないか、と。 ようやく断絶の理由がわかった…。 なお、Masaoさんは「少なくとも、僕はそういうつもりでずっと書いていた」と書かれてるけど、これは読み取れなかった。論争を読んでいた時には、どうも「内面」というキーワードがきっかけになったと感じたし、「内面」「人
ARTIFACT@ハテナ系 - 2000年代に考える「ネアカ」と「ネクラ」 http://d.hatena.ne.jp/kanose/20050817/neaka # fake-jizo 『独自の価値観とコミュニケーションスキルってのは本来無関係じゃないかなあ。むしろなんでそんなことを思ったのかが気になるな。』 # kanose 『一般的な価値観に馴染みがある、抵抗がないのなら、コミュニケーションスキルの初期パラメーターが高いと考えてました』 # fake-jizo 『それよりか様々な価値観(が存在すること)を許容できる人ってのがコミュニケーションスキルでは重要じゃないですかね?』 # kanose 『考えのきっかけが「ネアカ」「ネクラ」だったのでその方面では考えてませんでした。確かに許容性は重要です』 コメント欄のこの辺を受けて。 コメントで書いたように、あの文章の発端は1980年代の「
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