2019年1月15日のブックマーク (3件)

  • 海外神社研究会 樺太の神社 - 台湾に渡った日本の神々---今なお残る神社の遺構と遺物

    統治時代に数多くの神社が建立されました。これらの神社を探索し神社遺跡を紹介するものです by 金子展也 先週、神奈川大学神社研究会では神社新報社の前田孝和氏を講師にお招きし、「樺太の神社の終戦顛末」というタイトルで講演をして頂きました。 江戸時代は北海道を指す「蝦夷地」に対して、「北蝦夷」と呼ばれ、後に明治政府が北海道開拓使を設置するにあたり、北蝦夷地を樺太と改称したところである。日露戦争の結果、樺太南半が日領有となり、地方行政官庁として樺太庁が設置され、太平洋戦争中の昭和22年(1942年)に、外地から内地へと編入された。昭和25年(1945年)当時の人口は約40万人で、住民の99%は日人であった。当時の主要な産業は漁業、農業、林業と製紙・パルプなどの工業、石炭・石油の採掘業などであった。南樺太の中心都市は、樺太庁の置かれた豊原市であった。 この江戸時代の樺太にも既に25社程度の

    海外神社研究会 樺太の神社 - 台湾に渡った日本の神々---今なお残る神社の遺構と遺物
    t-kawase
    t-kawase 2019/01/15
    神社新報社の前田孝和氏について。樺太にあった神社の研究。
  • 図像学というアリバイ―坪内祐三と加藤典洋/浅田彰

    大学闘争の渦中で山口昌男を読み、「イデオロギー」の時代から「イコノロジー」の時代への転換を予感した――高山宏がかつてそんなことを言っていた。イコノロジー? いや、イコノグラフィーと言っておけば十分だ。いずれにせよ、危険な政治からは身を引き、無害な図像学ごっこで楽しもう、というわけである。 さて、その山口昌男の弟子筋にあたる坪内祐三の『靖国』が文庫化された(新潮文庫)。靖国神社をイデオロギー的に裁断するのではなく、図像学的なものも含めたさまざまな資料から多角的に見直してみる。そうすると、軍国主義のイデオロギー装置としての性格を強化される前――少なくとも明治末年ぐらいまでは、靖国神社もいわば遊園地のように楽しい場所だったこと、そういう記憶はいまもどこかに残っていることがわかる。そのような記憶の襞を丁寧に解きほぐしていくことではじめて、イデオロギー的な裁断の届かない庶民の心情の奥底にまで分け入る

    t-kawase
    t-kawase 2019/01/15
    備忘録として。浅田彰による坪内祐三『靖国』批判。あの本読んだときに感じた違和感をまとめてくれている気がする。
  • 政府統計「信頼できる」100% 内閣府調査

    内閣府は14日、GDP(国内総生産)など政府の統計調査に対する国民の信頼度を調査する「政府統計信頼度調査」を公表した。調査結果によると、「政府統計を信頼できる」と答えた割合は100%で、「信頼できない」の0%を大きく上回った。 「統計調査信頼度調査」は、内閣府が16年から3カ月ごとに行っている。9、10両日に行われた今年最初の調査は、厚生労働省が「毎月勤労統計調査」を不適切に行っていたことが発覚した直後だったが、前回調査と比べて信頼度への影響は見られなかった。 信頼度調査を行う内閣府は、国内で生産された財やサービスの付加価値を示すGDPも発表している。しかし近年、速報値と確報値に大きなずれがあることから、独自に統計を取ろうと生データの提供を求める日銀行と対立している。内閣府では「政府統計に対する国民の信頼に揺らぎは見られない」として、今回の調査結果を根拠に、今後日銀との交渉を有利に運びた

    政府統計「信頼できる」100% 内閣府調査
    t-kawase
    t-kawase 2019/01/15
    一瞬でも「えっ!」と驚いてしまった自分が悔しい(笑)。独裁国家での信任投票みたいな数字だが、もはや笑えないレベルに来ているよな、某国家は。