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2011年8月2日のブックマーク (2件)

  • 娘が浴衣に着替えたら | 生活・身近な話題 | 発言小町

    高校生の娘が居る、父親の立場の者です。 いよいよ夏番を迎え、今日娘がの両親から買って貰った浴衣を着て、私に見せてくれました。 その浴衣姿があまりにも可愛く、私はカメラで写真を撮りまくりました。 幸せな時間でした。 しかし撮影後、娘の言葉に私は地獄に突き落とされました。 「北野君(仮名)も喜んでくれるかな」などと口走ったからです。 北野(仮名、なお且つ呼び捨て)とは、娘の彼氏です。 この浴衣を着て二人で夏祭りに行きたいなどと言うのです。 許せません。 親の私が可愛いと思うのですから、娘のことが好きな北野(仮名)は絶対可愛いと思うはずです。 いえ、それどころではありません。 もしかしたら、親なら絶対思いもしない事を考えるかもしれません。 「典子(仮名)の浴衣姿って可愛いな。手を繋いじゃおうかな。肩を抱いちゃおうかな」 まあ奴も男だから、それ位は想定内です。しかし更にあまつさえ、 「浴衣の帯

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  • ネット上の発言の劣化について - 内田樹の研究室

    個人的印象だが、ネット上での匿名発言の劣化がさらに進んでいるように見える。 攻撃的なコメントが一層断定的になり、かつ非論理的になり、口調が暴力的になってきている。 これについては、前に「情報の階層化」という論点を提示したことがある。 ちょっと長い話になる。 かつてマスメディアが言論の場を実効支配していた時代があった。 讀賣新聞1400万部、朝日新聞800万部、「紅白歌合戦」の視聴率が80%だった時代の話である。 その頃の日人は子どもも大人も、男も女も、知識人も労働者も、「だいたい同じような情報」を共有することができた。 政治的意見にしても、全国紙の社説のどれかに「自分といちばん近いもの」を探し出して、とりあえずそれに同調することができた。 「国論を二分する」というような劇的な国民的亀裂は60年安保から後は見ることができない。 国民のほとんどはは、朝日から産経まで、どれかの新聞の社説を「口

    takanofumio
    takanofumio 2011/08/02
    言説の質はそれ自体の当否よりも、その言説がどの辺に位置するかに自覚的かどうかによるってことでしょ?内田が昔から言ってることだし、ふつうに真っ当な話だと思うけどなあ。なんでこんなに評判わるいのやら