竹谷 正明さんの本棚:
ダニエル・カーネマンの本作は楽しみにしていたのだが、読むのが遅く、実際読み始めると、既に聞いたような話ばかり。流行り過ぎて、日本の新書で引用されまくったせいだ。著者に罪は無い。また、原典の良さもある。しかし、大部分ネタバレしている。それでも楽しんで読む。 脳の思考回路について。システム1は自動操縦モード。システム2は熟慮モード。ヒューリスティックで直感的、かつ低コストで判断が必要なため、通常システム1で物事を考える。しかし、騙されないように慎重にシステム2を作動する。印象論で人を査定する1に対し、客観性や比較により冷静に判断する2。 人間は生まれた時から、因果関係の印象を受けやすくできているらしい。図形同士が喧嘩をしたり、いじめをしたりするシーンを見たときに、それを解説するような言葉がなくても、人間は図形に感情移入をしてそのストーリーを作り出す。 身体的な反応でも、いずれのシステムを作動さ
ビジネス版「頭の体操」 クイズ形式で戦略思考発想トレーニングができる本。 とはいうものの、本書内の与えられた条件下で戦略的思考やロジカルシンキングを駆使して、求める回答を導き出すのはちょっと無理があると思われます。 あまりにも条件が少なすぎる(笑) なので、どちらかといえば、知っている・知らないのビジネス雑学事例集になってしまいます。 そうはいいながらも51もの事例をクイズ形式で読み解いていくことで、新たな知識を得られるのも事実。 どうでもよいようなネタも少なからず含まれていますが、すでに知っていること、初めて知ったこと、さらに事例も身近なところでとても良かったです。 本書の中で問題02として、「RVの市場を広げるために自動車メーカがとった行動」については、自分の描いていた回答イメージとまったく違っていて、ちょっとびっくり。 また、ところどころに入っているコラムを通して、ビジネス戦略の考え
普段はあまり意識をしませんが、どのアプリが自分のプライベート情報にアクセスしているかを知るのはとても大切なことです。 ウェブサービス「MyPermissions」を使えば、FacebookやTwitterに接続しているアプリがわかり、どれがプライベート情報へアクセス許可されているか簡単にチェックすることができます。このサービスを使うにあたって各アカウントへのアクセス権を許可する必要はありません。FacebookやTwitter、Google、Yahoo、LinkedIn、Dropbox、Instagram、Flickrなどの、アプリ管理画面へのブックマークのようなものです。 実際に連携しているアプリを表示させると、その数に思わず驚くでしょう。すっかり忘れていたものあるかもしれません。接続の解除も同ページからできるので、この機会に整理してみてもよいかも。 MyPermissionsはIFTT
サービス労働における労働者の感情動員という問題を、「感情労働emotional labour」という語によって初めて提起した画期的研究とされる。 生産労働においては、労働者が生産するものは生産物の目に見える状態であるが、20世紀に著しく増大したサービス労働においては、労働者が生産するのは、顧客の満足という心の常態である。そのような労働において、労働者は相手の感情を操作するとともに、自分自身の感情をもまた適切に管理することを求められる。 サービス労働のこの側面を詳しく研究するために、ホックシールドが主な観察対象とするのは、航空会社の客室乗務員たちである。そのほとんどが中流階級以上の白人男性である顧客の好みに適合するように、会社は「優雅な礼儀作法と人間的なもてなし」を兼ね備えた理想像として南部の白人女性のイメージを宣伝し、それに沿って労働者を採用し訓練する。彼らが私宅の応接間で女主人に迎えられ
<脅迫状? 受取拒否しちゃおう!> 英語表現では、恐喝することを「ブラックメールをつきつける」と言うのさ☆ 2012年に別の出版社から『となりの脅迫者』というタイトルで出された本の元本です。改訂版のほうが、女子力高めの表紙イラスト付で可愛い……♡ ただ、自分は昔に読んだことや、ブラックメールという英語表現に意味があると考えていることから、こちらでレビューします★ 著者は、医療コンサルタント、心理セラピスト、そしてラジオでお悩み相談番組のパーソナリティーという顔を持つスーザン・フォワードさん。日本で今や普通に使われるようになった「毒親」という概念を、広めるきっかけとなった人物です。おそらく彼女の書籍は、他の欧米の心理セラピストによる著作よりも日本人と親和性が高い。 毒になる親について解説した際もそうだったように、彼女が示した考えや対処法には、キリスト教圏の教えが多量に含まれています。宗教的な
感想をまとめようとして気づいたのだけど、ちょっと要約しにくい本だ。一貫した論旨があるわけではない。著者が前書きで述べている通り、あえて「ノイズ」の多い構成にしてあるからなんだろう。そしてそこに、そもそも「コミュニケーション」とはそういうものなのだという著者の考えを読み取ることができるように思った。私たちは、明快な要点のみを簡潔に伝え合って日々過ごしているわけではなく、むしろ言葉にされないこと、言葉にはならないものから、無意識に多くのことをやりとりしている。 何よりも小気味いいのは、「コミュニケーション教育」の意義を認め、実践もしているオリザさん自らが、コミュニケーション能力と呼ばれるものの大半はスキルやマナーの問題であると断言していることだ。 「口べたな子供が人格に問題があるわけではない。少しだけはっきりとものが言えるようにしてあげればいい。コミュニケーション教育に過度な期待をしてはいけな
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