昭和30年代半ばに生まれた私が子供の頃は、私たちの親の世代、年長の世代がそうであったように、当然のように競争のなかに投げ込まれ、がんばって上を目指すことをよしとし、そのように生きてきました。それはがんばって、自分の能力を十分に発揮すれば、それによってご褒美があるという世の中だったからでした。端的にそれを示すのが、GDPとともに毎年伸びていく給与という現実でした。 でも、と思います。もしかしたら、と考えたりします。私がずっと無意識に信じていたのとはちがって、国民のがんばりがGDPを伸ばしていたわけではないのではないか。もちろん、それは真実である部分もあるでしょう。でも、ある部分では、その逆が真実であったということもあるのではないか。つまり、GDPの伸びが、給料の伸びが“がんばる私”に正当性を与えていたのではないかという意味です。どうでしょうか。 こんな風に一種の思考実験をしてみると、この時代