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15日に記者会見した長谷部恭男・早大教授と、小林節・慶大名誉教授の発言詳報は次の通り。 ◇ ◆長谷部氏 集団的自衛権行使容認の違憲性の問題。集団的自衛権の行使容認をした昨年7月1日の閣議決定は、合憲性を続けようとする論理において破綻(はたん)している。自衛隊の活動範囲についての法的安定性を大きく揺るがすものだ。それから日本の安全保障に貢献するか否かも極めて疑わしいと考えている。 憲法9条のもとで武力行使が許されるのは個別的自衛権の行使、すなわち日本に対する外国からの直接の武力行使によって我が国の存立が脅かされ、国民の生命及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険が切迫している場合に限る。これが政府の憲法解釈であって1954年の自衛隊の創設以来変わることなく維持されてきた。 集団的自衛権の行使は典型的な違憲行為だ。憲法9条を改正することなくしてはありえない。これも繰り返し(従来の)政府に
「良かれと思って」の罪深さ (03/01/31) 親は子に言う、「お前のために良かれと思って言っているのだ」と。 妻は夫に言う、「あなたのために良かれと思ってこうしたのだ」と。 教師は生徒に言う、「おまえたちのために良かれと思って先生はこれをするのだ」と。 人が誰かのためを思って何かをすること、それ自体は美しい行為である。相手のことを考え、こうすればきっと良い結果が返ってくるだろうと思えばこそ、人は「良かれと思って」と口にするのだ。そして、現実に本人にとっても良い結果となるならば、言われた時には理解できなかった人も「ああ確かにあの時『良かれと思って』言ってくれたのはその通りだった。有難かった」としみじみ振り返ることができるだろう。お互いにとってこれほど幸いなことはない。 しかし、「良かれと思って」したことが常に良い結果に結びつくとは限らない。 それは当たり前のことだ。けれど、あろう
毎日放送関西ローカルのお昼の時間帯に、「ちちんぷいぷい」という情報番組がある。良い意味でのゆるい雰囲気が持ち味で、私はけっこうこの番組が好きで見ている。 その「ちちんぷいぷい」の中に、大吉洋平という若手アナウンサーが、京都の様々な老舗で、一週間(五日間)修行をするというコーナーがある。前回が旅館で、前々回が和菓子屋だった。 和菓子屋での修行の回、従業員たちが新しい和菓子の案を出す時に、大吉アナは、「故郷を離れて働く子供が、親元を離れて初めて親のありがたみがわかって、親に感謝して贈るための和菓子」を提案したところ、和菓子屋の女将さんに、「悪いけど、お利口さん」と評されてしまう。一方、他の従業員は「焼肉を模した和菓子で、名前が『叙々苑』」を提案する。女将さん曰く、こっちのほうが面白い、と。その後、大吉アナは、ポッキーを木の枝に見立てた和菓子を作り、自分の殻を破ることができた。 次に行った旅館の
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