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死神に関するtamaotのブックマーク (2)

  • 裸の死神 - 玄倉川の岸辺

    こんな寓話を思いついた。 とある王国に大昔から貴重な宝物が伝えられているという。 それは「馬鹿には見えない服」。 王様は年に一度「見えない服」を着てパレードするのが決まりだ。 今年も華々しくパレードが行われた。 歓呼する群集。 「王様ばんざい!」 「なんとすばらしい服だろう!」 王国の住人はみんな賢いのでちゃんと服が見える。 別に王様に媚びへつらっているのではなく、間違いなく「見えている」のだ。 ところが世の中には愚か者がいる。馬鹿な子供が「王様は裸だ!」と叫んだ。 もちろんこれは悪質な誹謗であり中傷に決まっている。 国民に支持される立派な王様が裸でパレードなどするはずがない。 「馬鹿には見えない服」が見えない奴は馬鹿である。 馬鹿は馬鹿にされて当然だ。いや、王様を中傷したのだから石をぶつけてやるべきだ。 馬鹿な子供は賢い人たちから石を投げられ、青アザだらけになって寝込む羽目になった。 こ

    裸の死神 - 玄倉川の岸辺
  • 死神の名づけ親 - 過ぎ去ろうとしない過去

    死神といって連想されたのが、グリム童話の『死神の名づけ親』だった。 『死神の名づけ親』の夫婦は、死は誰にでも平等だからという理由で死神を息子の名付け親にするわけだけれど、実際は死は匙加減次第でどうにでもなったりするものであった。 ベッドをひっくり返したり蝋燭を継ぎ足したりすれば、死ぬはずの人が死ななくなる。死は避けられない運命のようでいて、実は回避する余地がある。生と死は死神や医者によって選択することが出来るのである。 ところで日では、現行の死刑制度においても死刑判決が出たからといって必ず死刑執行が行われるわけではなく、死刑執行を長く行わないこともできる。実際、一時期日でも事実上死刑が執行停止されていた時期がある。 つまり、鳩井ヒロシが死刑執行にサインするかどうかは「自由だーーーーーーーーーーーーーっ」なのであって、death is freedomなのである。 しかも、法相は死刑を自ら

    死神の名づけ親 - 過ぎ去ろうとしない過去
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