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明治2年、薩摩藩にあった1616寺が、焼き払われるなどして全て廃寺になるという不幸な出来事がありました。言わずもがな、廃仏毀釈はいぶつきしゃくであります。現在は復興しておりますが、妙円寺もこのとき廃寺となりました。この歴史上の事実を多くの方に伝えたいという想いから、こちらのページでご紹介します。 大政奉還を経て、新政府は、神道と仏教の分離を目的とした神仏分離令や大教宣布を交付しました。神仏分離政策は、あくまで、神社内における神仏習合を一掃し、天皇の神権的権威のもとに神道の国教化をはかるためのものでした。しかし、この政策を発端として、明治まで身分が低く、僧侶の下に置かれていた神官(神主・宮司)達が便乗し、全国各地で寺院の仏堂や仏像、仏具、経典、仏画、絵巻物などを破壊し、焼き払い、土地や財産をも剥奪する活動が引き起こされました。 ここ薩摩では、庶民の信仰の寺はもちろん、修剣道、歴代薩摩藩主が保
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