ブックマーク / koshian.hateblo.jp (5)

  • 日本の漫画やアニメやゲームはガラパゴスなのか? - 狐の王国

    なにやら最近、日のアニメやゲーム漫画をガラパゴスだとか言ったり、ガラパゴスでいいんだとか言ったりしてる人たちを散見する。結論から言おう。日のアニメもゲーム漫画もまったくガラパゴスではない。 ガラパゴス化批判というのは主に日の携帯電話に対して行われてきたものだ。 NEC docomo N-01G ブラック メディア: 俺がさんざん日のケータイはガラパゴスだと言い続けてきたのは、日におけるOSSの幻想――OSS界のガラパゴス諸島、ニッポンという2004年の記事が元である。 OSS振興の流れは出てきたが、こと日はOSSに関して独自の進化(退化?)を遂げている部分があると同氏は指摘する。その原因としては、英語という大海で遮断された状況からくる甘えの精神構造、貧弱な開発力とコミュニケーション下手であることなどが挙げられるようだ。 (中略) 問題なのは、流とかい離し、日独自の動きを

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  • 思い出せ、人類は風邪予防すらまともにできていなかったことを - 狐の王国

    9年くらい前に1000年に一度の大震災を目の当たりにしたはずなのだが、今度は100年に1度のパンデミックなんてものを目の当たりにするとは、なかなかすごい時代に生まれてしまったものだと思う。こんなときだから人々がいろいろと語りたくなる気持ちはわかるのだけれども、素っ頓狂な「アフターコロナ論」を言い出す人々にはずいぶんともやもやしたものを感じてしまう。 もやもやするのはそんな論者たちばかりでもない。専門家会議の出した「新しい生活様式」というものにもたいへんもやもやするものがある。距離を取れ、べながらしゃべるな、そんなこと専門家が指示するようなことだろうか。 そもそも SARS-CoV-2 、新型コロナウイルスはそんなに特別なものだろうか。 確かに誰もまだ免疫を持ってない新しいウイルスだし、変異したばかりで毒性も高い。そりゃあ感染も広まりやすいだろう。だがよくよく考えて欲しい。よくよく思い出し

    思い出せ、人類は風邪予防すらまともにできていなかったことを - 狐の王国
  • 社会学者とキレンジャーの錯誤 - 狐の王国

    小宮友根准教授の記事に非難轟々。「初手から飛躍した議論」「ジェンダーフェミニズムの屁理屈は当に害悪」「根的に誤り」 - Togetter というまとめ。炎上繰り返すポスター、CM…「性的な女性表象」の何が問題なのか(小宮 友根,ふくろ) | 現代ビジネス | 講談社(1/9) という記事へのお怒りの言葉が集められている。 当該記事に対しては先日ここでも紹介したヌスバウムによる性的モノ化の基準を持ち出してきたところは称賛したい。実のところこのヌスバウムの基準にあてはめればこれまで放火されてきたキャラクターや宣伝のほとんどは性的モノ化にすら該当しないことがわかるだろう。 さて非難の集まってる当該記事に関しては、対話を呼びかける言葉とは裏腹にいわゆる「オタク」層に対する差別と偏見を扇動してる側面がある。それをここで説明していこう。 まずわかりやすいのはコレだ。 社会学者の考えるゲームにおける

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  • カウンターする相手のいない日本とオタク文化 - 狐の王国

    今朝方ストレッチをしていると、たまたまつけっぱなしだったテレビの音が聞こえてきた。ファッションデザイナー3人による対談番組のようだった。印象的だったのはきゃりーぱみゅぱみゅやレディー・ガガのファッションに対するメディアの扱いの話だった。レディー・ガガのファッションをメディアがすばらしいと持ち上げるのはおかしいだろうと。あれは綺麗だとか美しいだとか言われたくてやってるわけじゃないはずで、あんなものはダメだと言ってくれる人がいなかったら成立しないんだという話だった。 確かにそれはそうで、レディー・ガガはカウンターカルチャーであって、反抗すべき主流がいなければ過激さもなにも意味を持たなくなる。それを主流であるはずのマスメディアがよいものとして取り上げてたら、カウンターカルチャーとしての意義を失ってしまう。 アメリカではレディー・ガガやLGBTといったまさにそうしたカウンターカルチャーが有効なのか

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    taron
    taron 2019/05/11
    まあ、日本の場合、ハイカルチャーも借り物の場合が多いからね。
  • 「萌え絵」と呼ばれるスタイルがジャポニズムを超える日 - 狐の王国

    なにやら近年、「萌え絵」をポルノだと認識してるおかしな弁護士だの社会学者だの大学教授だのが跳梁跋扈している。司法試験に受かったり学者になるだけの知力がありながら、たかだかこの40〜50年程度のオタク文化について調べもしないという態度は褒められたものではない。とはいえまとまった書籍があるかというと、特に「萌え」に関してはちょっと思い当たらないので、夜中にツイートしたものを下地にちょっと書き残しておく。 クィアとしてのオタク そもそもオタクというのはある種のクィアであった。クィアというのはセクシャルマイノリティに代表される、標準的な異性愛規範から外れた人たちのことである。「少年漫画を読む女と少女漫画を読む男」たち、それがオタクであった。彼らは中高生や大学生、あるいは社会人となっても、子供向けの漫画を読み、アニメを見続けていた。それも男性は女児向けの、女性は男児向けの作品に夢中になっていた。当時

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