日本プロ野球界において、その年の最高の投手に与えられる「沢村賞」という栄誉。今年、満場一致で田中将大投手(楽天)に贈られたことは記憶に新しいが、この「沢村賞」という言葉の持つ響きには、今なお神聖なものがある。 選考基準は、登板試合数・完投試合数・勝利数・勝率・投球回数・奪三振・防御率など。これだけ分業制が確立された現代においても、完投試合数、投球回数などの項目が重視されているのは注目に値する。右の本格派で、三振の取れる、先発完投型の投手。沢村栄治という戦前におけるヒーローのイメージが、今だに求められているのだ。 この沢村栄治を一躍スターダムに押し上げたのが、1934年に行われた日米野球である。同年夏の甲子園大会終了後に京都商業を中退してまで、全日本チームに参戦。中でも11月20日、静岡県草薙球場で開催された試合では、7回裏、ルー・ゲーリックにソロ本塁打を浴びたのみで1失点9奪三振に抑えた。

