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2009年2月17日のブックマーク (5件)

  • 自分に向けられた他人の行動が不快である場合の対処方として - Diary Blog of Dary

    http://goboubss.blog.shinobi.jp/Entry/658/ ここを読んで思ったことを書きます。このエントリに関しては基的には同意。追記の「セクハラ」という言葉の権力性と権力性を持ったが上での弊害の指摘も、整理して理解できて良かったと思う。 他人と共に行動をしていると、性的である・ない*1に関わらず、またそれが言われた人を不快にさせようとした意図がある・ないに関わらず、自分に向けられた他人の行動を不快に思うことがある。そういった場合にどう対処するのか。 まずは、不快感の表明をする。その行為が自分は不快と感じることを相手に伝えることをする。相手に伝えることをすれば、相手が「不快にさせたくない」と思っているのならば、今後はそういう行動を慎む方向で行動する筈である。もし、伝えた上で改善しようとしなかったなら「不快にさせたくない」という気持ちは無く比較的モラルの低い人間と

    自分に向けられた他人の行動が不快である場合の対処方として - Diary Blog of Dary
    temtan
    temtan 2009/02/17
    id:kurokuragawa さん、忠告というよりは今後の対応を考える上での調査の意味が強いですね。id:pbh さん、それは「メールで一対一でやりとりする方法も提供しているのに」への回答?
  • 個人的痛みとしての「セクハラ被害」と社会的問題としての「セクハラ論」 - 玄倉川の岸辺

    バレンタインデーに「はてなブックマーク」界隈で盛り上がったのは、甘くて苦いチョコレートの受け渡し問題   …ではなくて、セクシャル・ハラスメントの話題だった。なんとも無粋な話ではある。 発端となった記事はこれ。 id:ekken さん、性的いやがらせはやめてください(再追記アリ - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wake はてなブックマーク - id:ekken さん、性的いやがらせはやめてください(追記アリ - 鰤端末鉄野菜 Brittys Wake 関連記事はコメントが並んでいる下にある「このエントリーを含むエントリー」「このエントリーを含む日記」をたどってください。 中島義道の影響なのか、それとも以前からそうだったのかわからないが、このごろ私は「個人的な価値観」「自分自身の好き嫌い」「体験・肉体と思考の不可分性」といったことにこだわっている。たとえば何か事件や問題が起きたとき「自分は

    個人的痛みとしての「セクハラ被害」と社会的問題としての「セクハラ論」 - 玄倉川の岸辺
    temtan
    temtan 2009/02/17
    「それはセクハラです」に「あなたの勘違いです」って周りの人間がどれだけ受け入れられるのか疑問だなー。特にその現場を見ていない人間に対して(だから記録が残るネットはまだマシだけど)
  • 考えた後に書く人と書きながら考える人がいる - 発声練習

    はてな匿名ダイアリー:ブログを読んでて感じる楽しさと恥ずかしさ 話を聞くだけでなく、それに対して、ちゃんと自分の意見を書けるのです。それが出来ない自分がなんだか気恥しくなるのです。何か書こうと思ったこともありますし、書いてみたこともありますが、そもそも書こうと思うことが頭に浮かばないので、挨拶くらいしか書けません。 どんな種類の表現であれ、数をこなさなければ滑らかに自分からでてきません。そういう意味で重要な一歩を踏み出されたことをお祝い申し上げます。 学生がはてなダイアリーを使うときに気をつけるべきことや補足:学生がはてなダイアリーを使うときに気をつけるべきことでブログを書くことに関してネガティブなことを申し上げておりますが、私がブログを続けている理由は自分の考えをスルリと外に出すための練習です。ですから、私はブログ名を「発声練習」としました(このブログ名について) 私は、ある事柄に関して

    考えた後に書く人と書きながら考える人がいる - 発声練習
    temtan
    temtan 2009/02/17
    考えてから書く、というより、考えていて何かが一定の閾値を超えたら文章にせずにはと居られなくなる。そういう文章は結構ブクマを集めるなあ。閾値を超えてないのに無理に書いたのはやっぱりウケが悪いことが多い。
  • 小利口バカの上手な切り返し方。

    例えば適当なコトバが見つからなくて、間違ってるのは知ってるんだけど一番ニュアンスが近く、その「当に伝えたいコトバ」を喚起させる事が出来るだろうと予想し、敢えて使ったとします。相手はそのコトバから当に伝えたかったコトバを理解した上「そのコトバは間違ってるね!」と、あたかも鬼の首を取ったかのように威張って言うケースがあったりしませんか?(その癖、代わりとなる「正しいコトバ」を提示する訳では無い。また自分にも正しいコトバが思い浮かばない事に気付き、ソコから「何故、敢えて適切では無い言葉を使ったのか?」と推測を働かす程は賢くない)そんな場合の切り返しなんですけど、「成る程、気付きませんでした。それじゃあ来使うべきだった正しいコトバを今後の為にも是非教えて下さい」そう質問するんです。相手はソコで初めて考えて、自分にもその適切なコトバが思いつかない事にやっと気付きます。「アレ?もしかして思いつか

    temtan
    temtan 2009/02/17
    最初の質問は良いけど、その後の「実は…」ってのは相手より優位に立とうとする行為なので、相手との関係を維持したい場合はしない方が良いと思う。素直に、一緒にそのコトバを考える・決める方向が建設的
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    祖母の白寿のお祝い 先日、満99歳(数えで100歳)になった祖母の白寿のお祝いをやった。 さすがに身体のあちこちに不具合が出てきており、そろそろ格的に外出も難しくなってきたので祖母と一緒に家族で集まれるのはたぶんこれが最後だろう。 下は0歳から上は99歳までいるので、移動と諸々…

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    temtan
    temtan 2009/02/17
    特性の属性(女性、男性、国籍、職業、etc...)を持つ人の数少ない例をもって、その属性を持つ人を判断することを偏見と呼ぶ。